バイオレンスヤンキーとマゾヒストストーカーの歪んだ共依存

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 家族には言えない秘密が、姫島直央には二つある。  一つは、ゲイであること。いつからかは分からないが、自慰行為というものを覚えてから、直央がオカズにするのは男性ばかりだった。  もう一つは、とある男性を現在進行形でストーキングしていること。  パソコンの液晶に表示されているのは、対象のスマートフォンが何処にあるかというGPSの追跡画面。彼は今自宅の自室にいる事が分かる。何故断言出来るのか—―それは、彼が例え入浴中であっても浴室にスマートフォンを持ち込む事が分かっているからだ。  点滅を繰り返す位置表示のマークを虚ろな目で見ながら、クシャクシャになったティッシュを鼻に当てて息を吸い込む。乾いた精液の独特な匂いが胸一杯に広がり、直央は堪らず自分自身へと手を伸ばす。 「っ、は、はぁっ……!」  入浴中の彼の裸を脳内に投影し、彼がこの事実を知った時の嫌悪の表情に思いを馳せながら、夢中で硬くなった自身を扱いた。 「あっ、あ、あー……っ!」  机に伏して肘の内側に顔を埋め、声が漏れないように細心の注意を払いながら絶頂を迎える。数度痙攣するように震えた自身から精液が解き放たれ、直央は深く息を吐く。  しかし射精後の快感は長くは続かず、気だるさと虚無感の中ひっそりと後始末をした。  自分はこんなに彼の事を知っているけれど、彼は自分の事など何一つとして知りもしなければ、例え目の前に立ったとしても興味を持たれる事も無い。  そう理解していても、日々強まるこの想いを止める事は出来なかった。  二階南の男子トイレ。此処を敢えて使用する生徒は皆無に等しい。何故なら、此処は素行のよろしくない集団がたむろし、獲物を連れ込む場所となっているからだ。 「ふざけんじゃねぇよ死にてぇのかコラァ!!」  空になった財布を獲物に投げ付けた男子生徒は、怯える彼の腹部を躊躇無く蹴り飛ばした。 「ぅぐっ……!!」  思わずしゃがみ込んだ彼の髪を乱暴に掴むと、顔面に何度も膝を叩きこむ。 「親の財布から取って来れねぇなら脅して金下ろさせろっつったよなァ!?」  掴んでいた頭をゴミクズの如く床に向かって放り、今度は背中を踏み付けた。彼はされるがままになりながら、「ごめんなさい、すみません、許して下さい」と、途切れ途切れに懇願する。 「持って来れねぇなら、飛ぶか?なァ?」  床に摩り付けた頭を踏み付けながら、男子生徒はポケットに手を入れた。 「あし、明日、明日は、ちゃんと、持って来ます」  だから、飛ぶのは—――とボロボロと涙を流すと、不意に男子トイレの扉が音を立てて開いた。勢いのままに開いた扉は壁に衝突し、ガラスが割れて床に飛散する。 「楽しそうなコトやってんなぁ一年」  バキバキッと音を立てて指を鳴らしながらトイレ内に足を踏み入れたのは、この高校で最も凶暴な男として恐れられている、三年の榊原信玄だ。  獲物を踏んでいた主犯の男子生徒は、「ひっ……」と小さく息を飲み後退る。  自分を恐れ距離を取ろうと壁や個室内に下がって行く小物達をぐるりと見渡し、信玄は「お前ら行っていいよ、邪魔」と言うと、今度は床に転がっている獲物に目を向けた。 「お前明日金持って来んの?」  なぁ?と伏したままの彼の脇腹を踏み、ニヤニヤと笑う。 「俺に払えよ、それ」  ズボンのポケットから取り出した煙草に火を点けた信玄は、一口吸うとしゃがんで彼の腕を掴む。恐怖に震え「ア、ア……ア……」と、言葉にならない声を上げている顔を一瞥すると、白く柔らかい前腕の内側に煙草の火を押し付けた。 「アァアアアアアア!!」  悲鳴を上げて足をバタつかせる姿を見てゲラゲラと笑い声を上げ、立ち上がって彼の背を何度も何度も踏み付ける。 「お前一年だなぁ?名前は?」  ゴホゴホと咳込みながら惨めな音を立てて息を吸い込む彼を、信玄は唇を舐めながら見下ろす。 「ひっ、ひめっ、ひめしま……なおっ、です……!」 「ふーん、で幾ら持ってくんの?」  傍らに落ちていた財布を拾い上げ、中から学生証と健康保険証を抜き取り胸ポケットに仕舞うと、後は用済みとばかりに窓の外に放り捨てた。 「いっ、いく、いくら、用意、すれ、ば……」 「テメェの命の値段だろ?テメェで考えろよ」  よろめきながら起き上がろうとする直央を蹴り飛ばし、信玄は自分のスマホを取り出す。 「番号入れろ」  向けられたスマホの画面に、直央は震える指で自分の携帯電話の番号を入力した。  信玄が通話ボタンを押すと、直央のズボンのポケットでスマホが振動する。それを確認すると満足げに笑い、立ち上がって壁にもたれた。 「ついでに、さっきのガキどもの名前全部吐け。あとクラスもな」 「ぇ、っ……」  首を回し、掃除用具入れを扉を開く信玄に、直央は意図が分からず言葉に詰まった。中を確認した信玄は、≪掃除用具入れ≫という名に似つかわしくない金属製のバットを取り出すと、思い切り直央の頭の上を掠めるように振り抜く。 「ひっ……!!」  ガタガタと震える直央の頬にバットを押しあて、信玄は無表情で見下ろしている。 「あ、えと……」  主犯格を筆頭に計六人の名前とクラスを口にすると、信玄は直央の頭に回し蹴りを入れ、バットを引き摺りながら男子トイレから出て行った。  脳震盪を起こし意識を失っていた直央だが、しばらくして目を覚ますと、痛む身体を引き摺りながら教室に戻り、何事も無かったかのように授業を受けた。  周りの生徒も、クラスの担任でさえも、傷だらけの彼の姿から目を逸らし、通常通りに進めて行く。  直央にとってはそれすらも、慣れてしまった日常の光景だった。
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