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プラットホーム
「さようなら……」潤んだ瞳で彼女は声を震わせた。
彼女を見つめる俺の目も瞬くことなく、潤んでいた。
涙で歪む視界の中で、俺はこれまでの幻を見ていた。わずか二ヶ月。たった二ヶ月間の思い出が幼年期を思い起こすほど懐かしく感じる。脳裏を埋め尽くす懐かしいフォト、単語。<市立公園><唐津湾><福岡タワー><かわいい!><寂しい……><大好き!>
そして…… <ごめんね……>
手を伸ばせば届くのに――――。
俺の体は不可解な硬直反応を示して、ただ、立ち尽くすだけだった。
手を伸ばせば届くのに――――。
俺は何故……
今更気づいた。考えてみればすぐわかる。答えは明白だった。
もう、どれだけ強く抱きしめたとしても、心まで抱けない。
離れてしまった二人の心は、もう別々の未来、それぞれの世界に向かっていたのだ。
『まもなく三番ホームに列車が入ります――――』構内アナウンスが流れて、ホームはざわつく。
二人で声のする方を同時に見た。二人の時間がもうすぐ終わる。二人にとってこのアナウンスは最後の思い出になってしまうのだろう。
彼女は荷物を持って、列車を待つ列に並ぶ。俺も遅れて彼女に近づく。人々は次々に列車に乗り込んで、車窓越しでそれぞれ席に着く。そして、ついに彼女の番が来た。「じゃあね」と呟いて、彼女は列車に乗り込んだ。俺は慌てて車窓沿いに彼女を追いかけた。
席に着いたのを見届けて、走るのをやめ、俺はゆっくり窓越しの彼女に近づいた。
彼女は俺に気が付いて、右手をぺったり窓に貼り付けた。おれも重ねるように左手を差し出す。
そして、彼女の唇はこう動く。
「愛してる……」彼女は嘘を言った。
その瞬間、俺の涙腺は決壊した。当たりを気にせず、流れる涙は熱く、冷たく、そして……何より切なかった。
「愛してる……」俺も嘘をついた。
身につまされる痛みと苦しみ。
これらはいつまで続くのだろう。
何より俺は――――
何年間、この美しかった日々を覚えているのだろうか。
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