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 治療を開始してから、十日が経過した。その間、早雲は様々な材料を混ぜ合わせ、ときには実験的とも言えるような薬を涼十郎に飲ませた。なりふり構わずというわけではなく、早雲は常に冷静に涼十郎の様子を観察し、薬の効果を記録した。  効果があったのか、今日になって涼十郎は自力で上体を持ち上げられるようになった。顔色にも少し赤みが差し、僅かにだが固形物も食べられるようになった。  錆びついたようなだみ声ではあるが、ときおり声も出せるようになったことが、美津や宗右衛門をさらに喜ばせた。美津などは、目に涙すら浮かべるほどだった。 「ありがとう、早雲さん。この調子なら、舞台にも出られるかもしれない」  部屋の外で、宗右衛門が早雲の両手を握りしめながら礼を言う。しかし、 「いや、まだ安心はできない。今はただ、弱りきっていた身体の力を取り戻させただけだ。喉の腫れ物はそれで少し小さくなったみたいだが、それだけだ。根本的な解決はできてないし、いつまた悪化するかも分からない。それに……」  早雲が言葉を詰まらせた。続きを促すように、宗右衛門が不安げな顔で頷いてみせる。 「あの汚い声。あれは喉の腫れ物のせいだ。腫れ物が消せなきゃ、声はあのまま。それで舞台に立っても、客も涼十郎自身も納得はできないだろう」 「確かに、涼十郎目当てのお客は、顔もそうですが、あいつの声に惚れ込んでる方が多い。どうにか、腫れ物を切り取るなんてことは?」 「無茶だ。手や足ならまだしも、喉の近くには太い血管が通ってる。それを避けて切り取って、傷を縫い合わせるなんて、腕利きの蘭方医にだって無理な芸当だ」 「そんな……」  崩れ落ちそうな宗右衛門に、早雲はかける言葉も見つけられず、ちょっと頭を下げて、また涼十郎がいる部屋に戻った。
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