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「お前さんほどの腕なら、住み込みで雇ってくれるような薬種問屋も多いでしょう。なにも、こんな田舎に一人で暮らすことはない」
「人が嫌いなのさ。それと、人に使われるのもね」
混ぜ合わせた粉を、決まった量ずつ匙で掬い、紙に包む。
「いつ死ぬか分からない稼業だ。いざってときに、この世との因縁は少ない方がいい」
「はあ。私も何人もの[黒業師]を見てきましたが、その歳でその考えに至る人は、一人もいませんでしたよ」
「俺は元から一人だった。だからかな」
この世への執着が、執着になる存在がほとんど皆無の状態で、早雲は[黒業師]の世界に入った。執着がなかったからこそ、この世界に入ることができ、また生き残ってこれたと言ってもいい。
「女だったり子どもだったり、抱える存在の多い奴ほど、肝心なところで鈍る。業のための神経がね」
「もしくは、壊れますね。罪の意識に耐えきれなくなって心を病んだ奴も、みんな愛する存在がいましたよ」
「だから、俺は一人でいる。丈夫なものさ」
言葉を交わしつつも作業に集中する早雲の横顔を、そっと見つめた。影が濃い以外は、どこにでもいる青年だ。むしろ、さっぱりしすぎている。
彼ですら、自分の業を悪と定義づけなければ、[黒業師]としての自分を保てないのだ。
やり切れない気持ちが顔を出す前に、安兵衛は帰ることにした。懐から前金を出し、
「明日、店に来てください。病人のもとへ、案内します」
横顔が頷いたのを見て、腰を上げる。
まだ初夏だというのに、日差しが痛いくらいに鋭かった。
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