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 村雨涼十郎は浅草近くにある寮の一室に寝かされていた。ここは[南斗屋]という紙問屋の主人・蛇左衛門(だざえもん)の持ち物であり、宗右衛門が頼み込んで、秘密裏にこの寮を貸してもらっている。本来は蛇左衛門の妾が飯炊きの老婆と共に暮らすための寮だが、二人は一時的に別の場所へ移っている。  宗右衛門にも自分の家や寮があるのだが、そちらを使うと涼十郎が病に伏せっていることが世間に知られてしまう恐れがある。なので、涼十郎とは無縁の場所を選んだのだ。  早雲も傍目からは医者の類と見られないよう、浪人に扮して寮を訪れたほどである。涼十郎が病に冒されていることを知っているのは、宗右衛門にほど近い数人の人間のみで、仲間であるはずの[村雨屋]の役者たちですら、この事実は知らされていない。  次の舞台の稽古に顔を出せないのも、ある遠地の大名から呼びつけられ、宗右衛門と共に出向いていると偽っている。  寮は背の高い生け垣や柿の木などに囲まれていて、隣の家からは中が覗けないようになっている。
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