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帰り道には大きな橋があり、私はそこを通っていつも家に帰る。
その橋に差し掛かると、1人の男の人が地面にしゃがみ込んでいるのが見えた。胸から、重そうなカメラを下げている。
一回無視して通り過ぎようと思ったが、何かを必死に探しているようだったので、踏みとどまり、声をかけることにした。
「あのー、大丈夫ですか」
私は、恐る恐る、顔を覗き込んだ。
男の人は、這いつくばった状態からすごい勢いで顔を上げると、困ったように頭をかきながら「いやー、カメラに入れていたSDカードを落としてしまって。」と、はぐらかすように笑みを浮かべた。
大学1、2年生くらいだろうか。黒髪黒眼鏡で、全体的にだぼっときた服を着ていた。大学1年生の私とそこまで歳は変わらないように見える。
「一緒に探しますよ。」
私は、背負っていたリュックサックを近くに置いて、地面にしゃがんだ。
小さいもので、地面も黒く陽が落ちてきているのでなかなか見つからない。私はポケットからスマートフォンを取り出して、ライトをつけた。
「すみません。助かります」
男の人は、私にむかって頭を下げた。
川の両脇には金木犀が植えられていて、花が咲き始め、良い匂いが漂っていた。ここらへんは、秋になると金木犀を見に来る人がちらほらいる。
「金木犀を撮りにきたんですか?」
「そうなんです。僕は写真部なんですけど、ここからの景色を撮って次のコンクールに応募しようと思ってて」
「今が一番綺麗に咲いてますからね」
「明日は雨って聞いたので、慌てて来ました」
私は話しながら、地面に這いつくばってSDカードを探し続けた。橋はタイル貼りになっているので、タイルを一枚ずつライトで照らして目的のものがないか確認する。すると、ライトで照らした先に、黒い小さな板のようなものが見つかった。
「あ!これですか」
私は、地面からそれを拾い上げ、走ってその人の元へ持って行った。
「それです!ありがとうございます」
その人は何度もお礼を言いながら、SDカードを受け取った。
「まだ、少しだけ撮れそうだな」
その人は、空を見上げ、カードをカメラに差し込むと、金木犀の方にカメラを向け、ゆっくりとファインダーを覗き込んだ。
私は息を飲んだ。
ファインダーを覗き込む真剣な眼差しが、先ほどまで話していた人と、全く別の人のようだったからだ。
この人が撮る写真は、この人が見ている世界は一体どんな世界なんだろう。
胸が高鳴った。知りたい。見てみたい。
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