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その人は、写真を数枚撮った後、私の視線に気が付くと、自分が撮った写真を近くのベンチに座って見せてくれた。
その人は影山と名乗って、私の通っている大学の二年生だと自己紹介をした。
写真を見ると、彼は、花や風景を中心に撮影しているようだった。
私は、良く撮れている写真を見ると、これはさぞかし良いカメラを使っているんだろうなと思ってしまっていたが、写真は撮る人の腕によって左右されるんだなとこの時分かった。
太陽に向かって伸びていくひまわり、寄り添うように咲いているチューリップ、花びらが美しく舞っている様子を撮った桜。撮られている植物が、まるで生命を授けられらたかのように生き生きと画面の中に映っていた。
同じカメラを使っても、私はこんな風には撮れないだろう。
「どうですか?」
影山さんは、私と一緒に過去の写真を見つめて問いかけた。
「うまく言えないんですけど、被写体が生きているなって感じがします」
「それは嬉しいなあ」
影山さんは、心から嬉しそうに言った。
「僕は、写真に特別な思いを持っています。人間の記憶は儚い。覚えようとしない限り、その時見た景色や色、思いまで何もかも忘れてしまいます。記憶力の良い人はそんなことないかもしれません。でも僕は忘れてしまうんです。大切な景色も、特別な思いも全部その時の新鮮さで保存しておくことができないんです。」
私は、真剣に話の続きに耳を傾けた。
「僕には、加齢でアルツハイマーになってしまった祖母がいました。祖母は、僕を含め、色々なことを忘れてしまいましたが、祖母の家の近くの金木犀を何枚か撮って見せたら、この木は知ってる、良い匂いがして、よくおじいちゃんと見に行ったと言って、涙を流しながら、懐かしそうに僕の撮った写真を見ていたんです。その時、瞬間を切り取った写真は、自分や誰かの記憶を呼び起こす媒介にできると、身を持って感じました。そうだ、あの花ってこんな色だったよな。誰と見に行って、あの時はああいうことがあって・・・って、普段なら思い出さないことを、僕の写真を見ることで思い出す。そんな写真が撮れるようになりたいんです」
影山さんはにこっと笑って、私の方を見た。
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