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「あなたも写真が好きなんですか」
「好きというか、よく撮る機会が多いんです。加工しまくりですけど」
私は、自分のSNSのアカウントを見せながら、言った。
「写真を加工することが悪いことだとは、僕は決して思いません」
影山さんは、自分のカメラを撫でながら言った。
「写真に何を見出すかじゃないですか?」
「何を見出す…?」
「例えば、SNSにあげるような写真は、あなたがおっしゃっていたように、実際と少し異なるかもしれません。ただ、それは写真に理想を詰め込んでいる。たくさん、理想を詰め込んで、素敵な見栄えにしたい。写真がそういう願いで撮られたものであれば、別に良いと思います。」
「それが事実と違くてもですか?」
「はい、ただ加工することによって、自分の記憶が当時のものとすり替えられるような気がして、僕は少し怖いなと思うんですよね。僕があの時僕の目で見た花や空の色は、一体どんな色だったっけって分からなくなってしまうような不安があるような気がします。」
自分が先ほど飲んだ飲み物の本当の色が分からなくなっていることを言い当てられたようだった。
私は、自分のSNSにアップした写真を眺めた。映っている空、海、食べ物。写真を撮ることに夢中になっていて、実際の色や味や感じた思いはほとんど覚えてなかった。
写真をあげる時にどうやって加工すれば見映えがよいかを考え、そこに多大な時間を要していた。自分が、多くの時間をかけて、事実をねじ曲げてでも、手に入れたかったものは何だったんだろう。
「何か初めてお会いしたのに、長々とお話してしまってすみませんでした」
影山さんは時計を見て、時間を確かめると、ゆっくり立ち上がった。
「今日は本当にありがとうございました。暗くなってしまいましたし、途中までお送りします。」
「いえ、家は本当にすぐ近くなので大丈夫なんですけど…。あの…一つお願いがあって…。」
深々と頭を下げる影山さんに、私は遠慮がちに言った。
「写真を撮るところ、また見させていただいても良いですか…?」
影山さんは頭を上げて、少し驚いたような顔をしてから、満面の笑みでうなづいた。
「もちろんです。大学の庭園の花をよく撮っていますから、是非。」
私達は、ゆっくりと立ち上がった。金木犀の良い香りが、鼻をくすぐり、優しく私達を包みこんだ。
数年後、私と彼が、この時撮った写真を見ながら、SDカードを探して出会った話をすることになるのだが、それはまだ先の話。
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