第26話 木星を司る者

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第26話 木星を司る者

【作者より】  普段、Wordで原稿を書いている作者は、ルビをWordの形式で入れているのですが、それをWEB小説用の投稿ページにコピペすると「親文字(ルビ)」というようになり、「親文字《ルビ》」に変換するのが若干面倒だな、と常々思っていました。  しかもズボラな作者は「Ctrl+H」で一括置換を2回するのさえ面倒だったので、この度、1クリックで()を《》に直す箱を作ったのです。そしてその箱に、さらに改行(Wordで書く原稿は行間が詰まっています)を2倍にするような仕掛けを入れてみました。  というわけで、今更ですが、このページから行間が空きます。  今更ですが、読みやすく、なったでしょうか。  今更ですが……。 ***************************************************** (ここから本文) ***************************************************** 「マスター、機嫌直しなよ」 「直すも何も、機嫌なんて損ねてないから」 「嘘ばっかりぃ!」  サツキの呆れたような声をむっとした気持ちで聞き流し、ぼくは口をへの字に曲げながらパソコンの電源を入れた。シャワーを浴びたての体はまだ火照っていてわずかに湯気を出している。これなら冷水を浴びればよかったかとも思ったが、実際のところぼくは冷たい水が苦手だ。浴びたら湯上りでさえ悲鳴を上げるだろう。  足の裏が慣れないことをしてジンジンと痛んでいた。  朝になって、あんなに嫌がって避けていたジョギングをしてみたのはただの気紛れで、魔が差したとしか言いようがない。何となく走ってみればこの鬱屈した気分が爽快になるかもしれないとふと思ったのだ。しかし、現実は見ての通り、結果的にぼくはいつものぼくのままだった。  ……機嫌か。  苦笑が漏れる。確かに昨夜からどうにもぼくは機嫌が悪い。腹の虫が落ち着くところに収まらずにむずむずとしている、といったところだろうか。  なにしろカナコさんからの電話の時点からすでに、ぼくはとてもがっかりしていたのだ。 「なるようになる、ならないことはならないのが人生ってもんだよ」  と、サツキが慰める声も理解はするけど腑に落とすことができなかった。  わかっている。良いことばかりは起こらない。人生に起こるイベントには悪いことの方がもしかしたら多いだろう。けれども、いつも「これだけは!」とぼくが強く望んだものほど望んだとおりにならなのはどうしてなのだろうか。神様の意地悪なのだろか。 「神様は何もしないよ。彼らは何もしないことに意味があるんだから」  サツキがまた声を出す。「それに、マスターだって何かしたわけじゃない」 「それを言われるとその通りとしか言いようがないんだけどさ」  ぼくが声を萎ませたところでサツキは続けた。 「自分の手の外にあることが、期待通りにならなかったからって落ち込むほどのことでもないよ」 「でも、納得いかないでしょ?」  と、そんなやり取りを続けていた時に古下さんからの電話が入った。間が悪いとしか言いようがない。ぼくは不機嫌に輪が掛かってしまい、通話ボタンを押すなり挨拶もそこそこに「のことですよね?」と切り出し、「もう聞いています」と生意気にも話を流してしまおうとした。 「大森さんから、君に報告したとは聞いているよ」  と、電話の先で古下さんは言う。ぼくの不機嫌に気付いているのかいないのか、気付いていたとしても意に介すつもりはないのだろう。「それでね、今一度君と会っておきたいと思っているんだ」 「ぼくとですか?」  怪訝な声を出すと、電話の向こうで古下さんが頷いたのが何となくわかった。そして 「どうしても」  と、念を押すようにそう言った古下さんの声を左の耳に受け、ぼくは抱えている案件のリストを右手で開きざっと眺めた。サツキの「規則正しく」に融通がつけられない今、注文がいくつか立て続けに届いたこともあって時間的な余裕がない。  なので、断ってしまおう、と、完全に逃げの態勢を取ったぼくはそこで軽く息を吸い込んだ。そんなタイミングだった。  目の前のサツキが大きく首を振り、「駄目だ!」と、強い口調でぼくを止める。おかげでぼくは息を吸い込んだまま固まってしまい、「もしもし、聞いているか?」と耳元で古下さんが心配の声をかけてきたときに慌てて返事をしようと、噎せ返った。 「大丈夫か?」 「あ、ああ、はい、大丈夫です、聞いてます」  咳込みながら涙目でしどろもどろに返しながらサツキを睨むと、サツキはいつにない殊勝な顔で頷いた。「会うべき」と。  断ったら今度は何があるんだ? 「何もない。でも会うの」  何もないのに会う? 「そう、会わなきゃ駄目」 「……わかりました」と、ぼくは古下さんに向けてしぶしぶと言った。「それなら、いつにしましょうか?」 「ん? 俺の都合に合わせてくれるの?」と、古下さんは笑い、「君の都合は?」と言ってきたので、「ぼくはいつでも暇で、いつでも忙しいです」と返したところ、「はは、面白いことを言う」と、古下さんは豪快に笑った。  どうしてわざわざ会う必要があるのかと、日程を調整して電話を切った後でぼくは恨めし気にサツキを睨んだ。対するサツキはそよ風のような涼しげな顔でふふんと鼻を鳴らす。 「まあ、なんて言うの? 巫女としてのオイラの勘?」  勘……。せめてご神託とでも言ってくれれば気持ちも高揚するのに。 「そんなもん、オイラにできるわけがない」  サツキは笑った。もちろん、そういう特別な力がこの巫女たちに備わっていないことくらいはハルヒの時から充分わかっていたけれども、それでもどうしても思いたくなるわけで……なんてことを考えていたらサツキがまたしても笑って、言った。 「マスターは我儘だよね。ポンコツのくせにさ」 「ポンコツは余計だ!」  それに、とぼくはもう一度サツキを睨んだ。「レベル、上がってるんでしょ?」 「こっちの方はね」と、サツキは素直に答えた。「でも、肝心な方が上がらないんだ」  なんだよ、肝心な方って。 「肝心な方は、肝心な方」  サツキの笑い声を聞き流して、結局昨晩のぼくは不貞寝をし、目覚めてもむしゃくしゃとしていて、なので少しだけ走ってみて、シャワーを浴びて、結果気持ちに何の変化もないままパソコンを起動したというわけだ。  ……いや、変化は、あった。  メールソフトが起動する前から横のサツキはにやにやとしていた。 「なんだよ、気持ち悪いな」  ぼくは眉を顰めて新着のメールを確認し、その意味を理解するよりも先にサツキからの祝福の声を聞いた。 「おめでとう!」  確かに「おめでとう」に相応しいメールが届いていた。迫先輩に提示した例のブログの運営会社から。 「……売れた?」  ぼくは驚きをそのまま声に出し、「嘘でしょ?」と、思わず呟いた。サツキが「嘘じゃないよ」と言うのに辛うじて振り返って、「まさか、知ってたの?」と問うと、サツキは何やら意味あり気な表情で微笑みを浮かべてぼくを見返してくる。 ──ぼくのデザインが、売れた。  その意味を頭がしっかりと認識するよりも早く心臓が早鐘を打った。売れた。売れたんだ、と実感は後からじわじわと沸き起こってきた。  つまりはぼくのデザインが売れたのだ。  レイアウトに対するカスタマイズ性の高いこのサイトでは、自作のデザインをテンプレートとして公開することができる。無料で公開するか有料で公開するかは個人の裁量なので、ぼくは試しにデザインした二つのブログを無料と有料とそれぞれで出品してみていたのだ。  その有料のテンプレートが、売れた。矢継ぎ早にポンポンと。  無料で出した方は以前からぽつぽつとダウンロードされている様子で、ぼくはそれだけでも十分満足していたから、まさか、という思いと、やった、という思いとで……。 「嬉しい?」  気持ちを言葉にできずに呆然とパソコンの画面を見つめている横でサツキが囁いた。そうして自然な動作でぼくの膝に乗ろうとしてきた。ぼくは彼女を落とさないように慌てて抱きとめて、 「そりゃ、嬉しいよ。ぼくの作品がお金に変わったんだ」  と返すと、サツキは「そっか」と、小さく笑い、すぐに意地悪な顔をした。 「おかしいね」 「……何が?」 「マスターがこんなの作れたの」 「…………」  なんだよ、と、ぼくの気持ちはすぐに(むく)れてしまう。「センスがないくせにとか、そういうこと?」 「違うって!」サツキは声を出して笑った。「無いのはセンスじゃなくて、時間だと思うんだよ、マスターの場合はね」 「…………?」 「だって、そうなるようにわざと長めの睡眠時間とか、まあ、色々と余分な時間をたくさん確保していたんだからさ、オイラがね!」 「…………」  一瞬サツキの言っている意味がわからず、一瞬後も意味がわからなかった。「どういうこと?」  だから、とサツキは言う。「規則正しい生活なんて、建前だったのさ、ごめんな?」サツキがにやにやと笑う。「わざと仕事の時間を削ってたんだ」 「?」 「大変だったでしょ? いつもよりずっと仕事に割ける時間が少なくて」 「そりゃ、すごく大変だったけど……」  ぼくが言うと、サツキは頷いた。「でも、今はどうなのさ?」 「ん?」 「本業の傍らでこんなの作ってさ、どこで時間作ったの? もしかしてマスターは魔法使いだった?」 「…………」  ぼくは言葉にできない驚きを抱えて、思わず叫んだ。「サツキ!」  一方のサツキはとても冷静で、笑顔のままぼくを見上げる。 「ねえマスター、この間バニラアイスを買った時に、ついでにカップの抹茶アイスもこっそり買ってたじゃん? あれはもちろん、オイラのだよね?」  大事な話はそれ食べてからにしようかなぁ、と言いながらぼくの膝からぴょんと降りたサツキは、気楽な表情で「うーん」と伸びをした。  ぼくは面食らった。  そんなアイスの催促のされ方をするなんて、もちろん思ってもいなかったからだ。
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