第26話 木星を司る者

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「ちょっと、待ってよ!」  ぼくは慌ててサツキを呼び止めるように声を張り上げた。「抹茶アイス? 何言ってるの?」 「抹茶アイスは抹茶アイス!」  と、サツキはさっぱりとした口調で答えた。「わかってるでしょ?」 「だって、それって……」ぼくは自分の頭をくしゃくしゃと掻きむしった。「お別れってことなの?」 「うーん」と、サツキは表情を緩めて笑う。「そういうことになるかな?」  ……そういうことになる、かな? 「どうして? デザインが売れるのが条件だったってこと?」  問えばサツキはじっとぼくを見上げ、自虐的な口調で答えた。「オイラのこと、どうせ辟易してイヤになってたでしょ?」 「……そうだけど」 「わあ、素直!」サツキは華やかに笑った。「マスターって、そういうところだけ、素直!」 「…………」  失言だと後から気が付いたがサツキに笑い飛ばされてはそれ以上返しようがない。ぼくは不甲斐ない気持ちで天井を見上げ……ようとしたところで、 「もう、そんなの必要ないんだって!」  と、サツキに言われて視線を戻した。 「必要ない?」 「そう、必要ない」  言いながらサツキはポンポンと、その小さな手でぼくの手の甲を叩く。「もう、わかってるはずなんだよ」  ぼくは口をへの字に曲げて言い返した。 「わからない」 「ああやれやれ」と、サツキが眉尻を下げて笑う。「そういうところは変わらずポンコツだ!」 「…………」  ぼくがなんとも言い返せずにむっと口を曲げると、 「そもそもさあ」と、サツキは気にする素振りも見せずに言った。「どうして炊飯器なんて買ったのさ」 「は? 炊飯器?」  突然の転換について行けず頓狂な声を出したぼくに向けて、サツキは全身を使って大きく頷いた。「そう、炊飯器」  この間買ったやつだよと言いながらサツキが示した先の棚には、先日通販で購入したばかりの炊飯器がでんと存在を主張するように置かれている。ぼくは少し不機嫌な気持ちを覚えて言い返した。 「悪いの?」 「悪くないよ」と、サツキはさらりと答え、お返しとばかりに問うてきた。「料理に目覚めたの?」 「…………」  うんと答えるべきか、いいやと答えるべきか、咄嗟には判断できずにぼくは口ごもった。何しろぼくはまだ、炊飯器を買ってから一度も料理をしたことがないのだ。この状況で目覚めたもへったくれも言えた義理じゃない。けれども迫先輩に巻き込まれて料理教室に通い、ご飯を炊いてカレーを作ってみて、不意にぼくは気が付いてしまったというわけだった。  料理は、面倒だ、と。  準備から片付けまでを考えたら、その工程の全部に手間がかかる。どう考えたって面倒でしかない。  けれどもそれ以上に、料理は楽しい、と。  始めたばかりの初級者にありがちのナントカで、これは楽しいんじゃないかとぼくは思ってしまっていたわけで……。だから、 「とりあえずで、まあ」と、ぼくは照れ隠しに鼻の頭を掻いて答えた。「ご飯を炊くくらいならできるかなって……」  そういう思惑で手始めに炊飯器だけを買ってみたのだ。まな板も包丁も鍋も、全部そっちのけで炊飯器だけ。 「ご飯だけ炊いておけばさ、総菜買うもいいし、レトルトや冷凍食品のおかずで済ませることもできるし、今よりは食事のバリエーションが増えると思ったんだよね」 「その後は?」 「うん、調理器具も少しずつ増やしていって、自炊できるようになれたらいいなあとは思うけど……」  なんて、素直に答えれば、対するサツキはいかにもと言うように満足そうな笑顔で頷く。「それがいいよ。栄養バランスも考えてさ、自分の好みの料理を作ってさ」 「そう、そこだよね」  ぼくも頷いた。  カレー一つをとっても好みの味付けがある。国民食ともいわれるカレーは国民食ゆえに家庭による差異は大きく、好きな味、そうでもない味、いつもの味、特別な味、と、「カレー」という大枠は一致しながらも中身は全然違っているものなんだ。そして、そういった好みに対して我儘を言いたいなら究極は自分で作るしかない。 「ちなみにその料理はね」と、サツキが言った。「ひとりで食べるより、ふたりで食べたほうがきっと美味しいとオイラは思うわけよ」 「また、そういうことを言う」  ぼくは眉を潜めてサツキを見返した。「そんなことが言いたくて炊飯器のことを持ち出したわけ?」  ケラケラとサツキは笑う。  ぼくは呆れて溜息をついた。「ぼくはね、ひとりが板に付いているんだって」 「そりゃ嘘だぁ! 本音ではオイラたちが去る度に寂しがってるくせに!」 「…………」  サツキの否定に、人の心を読める巫女に何を取り繕っても無駄かとぼくは再び口を閉じた。そんなぼくを追い込むようにサツキは言う。 「最後のメイがマスターのところに現れたら、もう本当のお別れなんだよ。オイラたちはハルヒに始まってメイで終わるたった七人の巫女なんだ」ちゃんとわかってるのかねえ、と、じいっとぼくを見ながらサツキはさらに言った。「メイが去ったら、続きはないんだよ?」  それでもひとりで、いられるの? 「それなんだけど」と、ぼくも意地悪く返した。「君たちが去ってしまう条件を先に教えてくれたら、そうしたらぼくは全力でそれを阻止できると思うんだよね」 「それは無理だって!」と、サツキはきっぱりと言った。「無理なんだから、無理を前提にそこは考えないとダメだよね」 「…………」 「未来は黙っていてもやって来る。来てしまうもの。未来とはそういう理不尽でかつ平等なもの」 「?」 「ほら、だから抹茶アイスなんだって、マスター!」 「…………」  ここでぼくが意地悪をして何が何でも冷凍庫の扉を開けなかったら、サツキはこのまま去らずにぼくの傍にいてくれるのだろうか。ぼくはそんなことを一瞬だけ考えた。でもたぶんと、ぼくは思った。  きっと、それならここではない別のタイミングでサツキはアイスを手に入れてしまうのだろう。  諦めの気持ちに至り、結局ぼくは冷凍庫の扉を開けてアイスを取り出した。
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