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ぼくは改めて、ぼくがデザインし、ぼくが召喚した七人の巫女のことを考えた。太陽の巫女ハルヒから始まり、土星の巫女メイで終わってしまう七人の巫女のことを。
そして、目の前にいる五番目の巫女、サツキのことを。
彼女は木星の巫女だ。それだけは最初からわかっている。でも、ぼくが設定として彼女に与えたのはその姿と名前、そして漠然とした「木」にまつわるイメージだけだ。太陽に向かってすくすくと伸びるという、そんなしょうもないイメージしかぼくは彼女に与えることができなかった。あの時、五人目ともなると体力的にも精神的にも限界で、残りの巫女のキャラ設定は正直言うと手抜きをしてしまったのだ。
しかしぼくの手が抜けていようが抜けていなかろうが、今のぼくにわかっている。彼女がその存在で表すものはそれだけではない。過去四人の巫女がそうであったように、ぼくの思わぬ何かを備えて彼女はここにいる。
太陽の明るさが笑顔に変わり、月の静けさが内に秘める怒りと化し、火の情熱が正義を貫き、水の清らかさが涙を流したように、ぼくの意図とはまったく違うところで発現する巫女たちのその姿はまさに、神の気紛れによって付随されたぼく自身にまつわるもの。
でも、それならサツキは、ぼくの何だというのだろうか。
そんな疑問を抱きながらサツキを見れば、彼女はいかにも幸せそうに抹茶アイスを口に運んでいる。そんな姿を見ながらぼくは、そういえば、と考えた。
アイスクリームはどうやって作るのだろうか。自分でも作れるものだろうか。作ってみたら意外と簡単だったりするのだろうか。
……なんて。
「そう、そういうところ」
物思いに耽ったぼくを呼び戻すようにサツキが声をかけた。
「そういうところ?」
ぼくが訊き返すとサツキは笑う。
「仕事、楽しい?」
「……え?」
「料理の楽しみに気付いたみたいにさ」と、サツキは言った。「オイラの意地悪で時間が限られている中で、マスターはかなり頑張って仕事をこなしたと思うんだよね」
「そりゃあさ」と、ぼくは言い返した。「やらなきゃいけない仕事なんだから。時間内に終わらせないとどうしようもないじゃないか」
その点は本当に大変だったんだからね!
不貞腐れた声を出せば、サツキは得たりとばかりに瞳を輝かす。「でも、なんとかなったでしょ?」
「なんとかしたんだよ」
怒った口調で言いながらもぼくはなぜか笑っていた。
本当に、大変だったのだ。
サツキが来てからというもの、時間に追い立てられたぼくは無い知恵をずっと絞り続けた。どうしたらもっと早く仕事が片付くのか。どうしたらもっと効率よく作業ができるのか。今までのやり方を見直して、色々と工夫して変えてみて、ようやく今の状態まで持ってこられたんだ。
我ながらよく頑張ったと思うし、それに関してはかなり満足を覚えてもいる。
それがサツキのおかげかと思うと癪な気持ちにもなるけれど、総じて今のぼくは何事もスマートにこなせるようになったと実感として感じるのだ。
「実を言っちゃうとさ……」と、サツキは言った。「オイラが最初にここに来た時より、マスターの顔色ってとてもいいんだな」
「?」
「もちろん、一つには体にいいものを食べているからね。植物も動物もみんな同じ、体に必要な物を食べないと不健康になる」
でもね、とサツキは笑う。「それ以上に毎日が充実しているんだよ、今のマスターは」
サツキはぼくの膝に乗り、そのままくるりとぼくに向き直るときゅっとぼくを抱きしめてきた。
「ねえ、仕事、楽しい?」
「まあ、うん。不思議なんだけど……」ぼくは答えた。「実はさ、今まで感じてきた以上に、今はすごく仕事が楽しいよ」
なんでかなぁ?
やっている内容は今までと変わらないし、量も変わってない。変わったのはそれに費やしている時間だけだというのに。
「そんなの簡単!」と、サツキは言う。「メリハリがついているんだよ」
「メリハリ?」
「そう、メリハリ!」と、サツキは頷いた。「正直、今までのマスターはだらだらと時間を区切らずに仕事をしてきていたんだよ。時間に間に合いさえすればそれで結果オーライって感じでね。でも今はさ、限られた時間で一生懸命働いて、限られた時間以内に工夫して仕事を終えてさ、その結果今までは仕事に費やされていた時間がぽっかり空いて余力ができたんだ。それだけでマスターの生活はとてもはっきりしたんだよ」
それに、それだけじゃない。
「工夫してみるって、楽しいってことなんだ」
わかるでしょ?
「……そうかもね」と、サツキに促されるようにぼくは頷いた。「サイトのデザインを考えている時って、楽しいんだ。頭の中でいろんなことを想像して、書いたソースが思った通りのレイアウトで仕上がっていたら嬉しくて笑いたくなる」
仕事を効率的に進めるための工夫も同じだ。「思った通りのやり方で、思った通りの結果が出たら、やっぱり嬉しいものだね」
ぼくは言いながらサツキを引き離した。「サツキは、ぼくに仕事の楽しさを教えようとしていたってこと?」
問われたサツキは首を捻った。「うーん半分正解」
「?」
「マスター、オイラの定義を思い出しなよ」
「サツキの定義?」
ぼくは考えた。「すくすくと育つ、木」
「そう、オイラはね、木なんだよ。成長する木」
言うとツキはぼくから離れた。「そして成長ってのはね、それだけでとても楽しいってことなのさ」
「…………」
「マスターが料理を楽しいと思うのは、今までできなかった料理ができるようになりそうだと感じているからなんだよ。わかる? マスターは自分の成長を感じて楽しいって思っているんだ。仕事もおんなじさ。創意工夫して結果が出る。今までできなかったことができるようになる。マスターは今、とても成長している」
だから、楽しい。「楽しいでしょ? 次のことを考えて、ワクワクするでしょ?」
頑張って仕事を時間内に終わらせて、余った時間で仕事に関係のないブログのデザインまで作って売ってさ、しかもそこに結果まで伴ったんだ、そりゃ楽しいよね。「……それで? そこから先はどうしていく? マスターは何がしたい? どうなっていきたいの?」
「…………」
その時、ぼくは漠然とながらも理解した。四の巫女のナギがそれ以前を過去と呼び、そこから続く巫女たちを未来と表現した理由をだ。確かに、目の前にいるこのサツキは、ぼくの未来の姿だったんだ。
「人生にはワクワクが必要だよ?」と、サツキは言った。「そのためにマスターはね、これからも成長していかないとね!」
サツキの体が輝き始めた。行ってしまうのだとぼくは思った。
そんな中で、サツキが眉尻を下げながら申し訳なさそうに言う。「オイラでも……心残りがあるんだ」と。
「?」
ぼくが首を傾げると、サツキは苦笑いをしながら頬を掻く。
「ひとつだけさ、どうしてもマスターを成長させてあげられなかったことがあって……」
「?」
「でもさ、ま、いっか。ナギたちだってほったらかしたんだし」
「何? 何のこと?」
戸惑うぼくに向けて、サツキはさらりと「写真の意味がわかればねえ」と言い、「まあ、あとはアイラに託すか」と呟きながらえへへと笑った。「ポンコツっぷりを発揮していっぱいいっぱいアイラに叱られたらいいのさ、マスターはね」
えぇ……。
狼狽えるぼくになんて構うことなく、サツキはあの言葉を唱え始めた。
「オイラは五の巫女、サツキ。木の星を司る者。そして、弛むことなく光を求め、天へと伸びゆく無限の自我」
消えかけた体でサツキはもう一度ぼくに抱きついてきた。「いっぱい意地悪してごめんね。オイラ本当にマスターのこと大好だったからね!」
そりゃもちろん、ぼくだって。
そう言ってサツキを抱きしめ返そうとしてぼくは空を抱いた。サツキはさっくりと消えていて、そこに温もりの一つも残すことはなかった。
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