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そして春が来た
翌年の春。
私がこなれた手順で5度目の履修登録に行くと、
「この講義番号は該当ありませんよ」
学生課のお兄さんに首を傾げられた。
「そんなわけありません」
なんせ私は一年から四年まで春夏秋冬毎年とっていて、講義番号も講義名も丸暗記している。
「あぁ、この先生は春に退職されているね。新しい講座を他の先生が受け持っているよ。そっちでいい?」
顔を上げたお兄さんの前にはもう私はいない。すでに学生課を出た後だ。もう先生の講義は2度と聞くことができないのだ。他のどんな講義も聴く気がしない。私が身につけるはずだった知識の扉は開けられないのである。そっとしておいてほしい。
あぁ、先生にあやまりたい。一度も聞くことのなくおわった講義のことを語り合いたい。無茶苦茶な結果でおわったけれど、先生の講義を聴くために対策に奔走していたあの頃が愛おしい。あの頃のように毎日先生の行く場所を訪れ、家を覗き、そっと先生のお品物を拝借したい。
ん? そうだ。そうしよう。
兄の元で修行を積んで私の技術も随分進化した。もう家のドアだろうが金庫の鍵だろうが簡単に開けられる。先生の居場所も昔仕掛けた諸々の仕掛けのおかげで手に取るようにわかる。
晴れ晴れとした春の空の下、私は先生の元に駆け出した。
まだまだ先生と私の戦いは終わらない。
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