座右の銘 2020/3/14

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座右の銘 2020/3/14

 唐突に聞かれると答えに詰まってしまう質問は、誰にとってもいくつかはあると思います。  普段そこまで深く考えないようなことや、自分が意識したことが無いようなことについて聞かれる場合が、その一例です。良い答えがパッと閃かない時には、「う~んとね……」などと言いながらそれを考えますが、これまでの自分が全く考えてこなかったことについては、答えを出すのに一苦労します。  頭をフル回転させて、記憶や感情の内に散らばる「答え」になりそうな数々の断片をかき集め、それを相手に伝わるような形へ変えていく、というプロセスが考えられそうです。  元々考えたことがある話題や、身に覚えのある話題などについて聞かれた時に比べると、答えを作り出すまでの過程が重労働に感じられてしまうかもしれません。  特に「座右の銘」なんかは、予め答えを作っている場合とそうでない場合との間で、答えを発信するまでのプロセスの違いが如実に表れそうです。  悩み抜くことで、もしくは元々信条にしているものを引用することで表現された答えですが、その座右の銘が指す意味も勿論のこと、それが一体どんなスタンスで建てられたのかに着目してみても、その人の人生観が分かる気がします。  「座右の銘」という言葉をgoo辞書で検索してみると「いつも自分の座る場所のそばに書き記しておいて、戒めとする文句。」と出てきました。  「戒め」と聞くと、それによって自分の行動などを縛るような意味合いを持ちますが、自分の行動を縛る信条を貫くことでその人はどんな人になれるのか、という観点から「座右の銘」を見てみます。    思いついた観点は二つです。座右の銘を心得て生活することで、今よりも人間的に成長した自分になれるのか、それとも「自分そのもの」になれるのか、というものです。  前者の場合、座右の銘にはその人がまだ届いていない理想が込められていまます。我慢強さが足りないために何かを失敗した経験がある人は、「忍耐」という座右の銘を掲げることで、我慢強い人に少しでも近づく意識を保つことが出来るかもしれません。  後者の場合、座右の銘が表しているのは、その人が元来持っている大切な信条です。何か困難にぶつかった時にはいつも「忍耐」を指針にして乗り越えてきたから、この先も同じような考えを持ち続けたい、といったような意識で立てられます。  どちらの場合でも、辞書と照らし合わせた際に、意味の矛盾は無さそうです。戒めの出所が、自分に対して否定的な側面なのか、肯定的な側面なのかという部分の違いです。  また、それに準ずると、前者のように座右の銘を立てる人は理想が高く、後者の立て方をする人は自分に誇りや自身を持っている、というような捉え方ができると思います。どちらも素敵な姿勢ですが、一つの「座右の銘」にこだわりを持ちすぎてしまうと、考え方のバランスが取れなくなってしまうという怖さも考えられます。  信条とするものが複数あることを、矛盾に満ちた状態だと感じる人はいます。ですが、二つの側面それぞれで「座右の銘」を立ててみるのも、考え方のバランスを保つための一つの手かもしれません。自分が成長していくために必要となる指針と、自分が自分であり続けるために必要となる指針です。  ここまで書いてみましたが、そもそもこんなことを考えるようになったのは、私には長いこと一貫している座右の銘が無いことに気が付いたのがきっかけでした。今まで学んできた言葉や価値観は、大切にしたいものが多すぎて、自分が生きる上での指針を少数精鋭で選び出すのが難しいです。ですが良い機会なので、聞かれてすぐパッと答えられてもいいように、答えを今のうちから作っておこうと思います。  納得のいくものを無事絞り込めたら、それについてもこの場を借りて書いてみたいと思います。  次回の更新もよろしければお付き合いください。ありがとうございました。    
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