趣味のトピック(1) 「黒髪の乙女」の歩み 2020/3/9

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趣味のトピック(1) 「黒髪の乙女」の歩み 2020/3/9

 ふと穴が空くように、ぽっかりと暇な時間ができることの多い最近は、録り溜めていたテレビ番組を少しずつ消費するようにしています。先日は、だいぶ前にテレビでノーカット放送されていた、映画『夜は短し歩けよ乙女』を観ました。  上映されていた当初に映画館で一度観たので、鑑賞はこれが二回目です。映画館に足を運んだのは三年前だったのですが、今でもいくつかのカットが脳裏に焼き付いているくらい、私の中では印象に残っている映画でした。  日本画から抽出したような深く渋い濃色と、その中に散りばめられるネオンじみた蛍光色のコントラストで表現された不思議な夜の京都。そこで巡り合う人物たちは奇抜で古風な格好をしていて、時には軟体動物のようなデフォルメ化された動きさえします。普通の「人間」からは離れているのに、それぞれが本人すら気づいていない哲学や弱さを持っていて、とても愛らしくカッコいいです。  テレビで放送されると知ったとき、彼らの言葉や笑顔や、夜の街の映像が頭に駆け巡った感覚がしました。彼らの生き方にもう一度触れてみたい、仮想世界じみた夜の京都の空気感をまた味わってみたいと思い、今回リバイバルで観てみました。  音楽も小説もそうですが、映画には鑑賞するたびに違う発見があります。今回も、前回見たときにはその魅力に十分気が付けなかった登場人物がいました。  「黒髪の乙女」と呼ばれているその人は、パッと目を引く赤いワンピースに肩くらいまでのふんわりした黒いボブカットが可愛らしい、いろんな意味でタフな大学生です。お酒に滅茶苦茶強く、エロおやじを打ち負かす秘儀を心得ていて、京都の長い夜を興味の移ろうままに探索します。  ここまで書くと力強くて自由奔放な人物だなという印象がありますが、映画の中で歩き続ける彼女は朗らかで、困った人には手を差し伸べ、頼まれた人には恩義を持って役割を果たす優しさがあります。そして、様々な人や出来事に逢うことを、意識していないレベルで心の底から楽しんでいます。  「黒髪の乙女」の歩みは、目の前に現れた物や人に対して抱く、ピュアな興味と親しみに紐づけられています。人との縁を大切にし、それに純粋に動機づけられて行動する姿には、マシュマロのような、柔らかいからこそ簡単にはへこたれない強さを感じられました。とにかくお酒に強いことや、いざとなった時に自分を守る術を知っていることも、彼女の意識していない自信となって、どんな人でも受け入れる気持ちをいつの間にかサポートしているのかもしれません。  そんな彼女が、自分の気持ちに少しずつ気が付いていく展開が、今回観た私にとってはハイライトでした。  ネタバレを避けるためにぼかしますが、ある人物に諭された「黒髪の乙女」は、自分の前に度々現れては「偶々さ」と去っていく「先輩」の存在と、その人に対して自分が特別な興味を抱いていることを悟ります。これまで興味の示す方角へと導かれてきた彼女ですが、自分の心に現れていたはずの、輪郭の無いほわほわとした気持ちと向き合うことは少なかったようです。  「先輩」との出会いを「奇遇」という一言では終わらせられない自分に気付き、「黒髪の乙女」は彼の住む学生寮へと向かいます。彼女が「歩くこと」の理由の一部を占める「従いたい自分の気持ち」の意味合いが、少しだけ複雑で細やかなものへと変化したのが印象的でした。    次回の更新もよろしければお付き合いください。ありがとうございました。  
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