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 もう芽生が林檎のもとに来ることはほとんどなかったが、大学で会うと一緒に食事や話ぐらいならした。二人の間に艶めかしいものはなく、ただの友達として。そんなことが続いて、本当に芽生は林檎に彼氏を紹介しに来た。 「林檎、私の彼氏」 憂いを帯びた芽生の表情は林檎がさせることが出来なかった本当の女としての顔。 「赤土(あかつち)人志(ひとし)です」 とても顔の整った子だった。そして何より彼の柔和な笑顔が人間性を物語っていた。安堵した。芽生がきちんとした子を連れていることに。どこかが欠けた人間なんかよりもずっといい。芽生はまともな人間と時を刻める子だ。違う人種だ。 「白花林檎と言います。こんにちは」 林檎は余所行きの笑顔を顔面に塗った。それを見た芽生は嫌悪するように顔を顰めるが、彼は顔を赤らめた。純朴そうな子だ。少し立ち話をしてから別れた。  二人が腕を組んで歩く後ろ姿を見送っていると、どこか喉の渇きを感じた。今日は暑い。大学内のコンビニに足を向けた。水を買い、外に出て飲む。ペットボトルの半分ほどをひたすら喉に流し込んだ。でも、どれだけ飲んでも飲んだ気がしなかった。水は底のない自分の体の中に落ちていくよう。このままだとすぐに飲み干してしまいそうだと思いながら、もう一度ペットボトルの先を口に運んだ。  その時どこか懐かしい匂いがした。一度思考が止まるが、傾いたペットボトルの中の水はそのまま流れてきて、訳の分からないところに入る。よって咽た。最悪だ。大きく咳き込み、何とか邪魔なところについていた水滴を飛ばして落ち着く。少し目立ったしまい、まわりから視線を集めてしまった。恥ずかしい、と思って早くそこを立ち去ろうとしたその時、また同じ匂いがした。思わず振り返る。コンビニの自動ドアの前に立っていたのは、懐かしいあの人。変わったのは身長ぐらいだろう。それ以外は、何も変わっていない。  口縄。  反射的に体の奥がじゅわりと濡れ、胸の先が突っ張る。胸の膨らみの中身がそわりそわりと発情する。身体が人違いではない言う。真隣を通ったにもかかわらず、彼はこちらに気付くことはなかった。気づいてほしくない自分と気づいてほしい自分がいた。もう、喉の渇きは忘れていた。早く、帰りたい。  帰りの電車に乗りながら、彼のことが気になり、ネットで名前を調べる。口縄という苗字はそう多くはないのですぐに彼のTwitterが出てきた。そこに書かれていた大学名は、林檎の通う、そこのものだった。それ以上は鍵垢であるため見れなかったが、林檎にとってあの人が近くにいると知れただけで十分だった。  近くに、いる。あの人が。自分が自分でないみたいだった。  触れて欲しい。見て欲しい。今、自分は自由だ。そう、自由。また、生かされる。あの人の手によって。  早く家に帰りたかった。こんなで電車と言う小さな箱など早く降りてしまいたい。自分の部屋。あの何もない部屋がとてつもなく恋しかった。はやる気持ちを他所に、電車はいつもと同じ速さで線路の上を音を立てて走っていた。  ようやく家に着いた。シャワーを浴び、汗を洗い流した。それからベッドに座った。上気した体に冷房の冷たい風が当たる。ベッドはたくさんの秘密を知っている。芽生とも何度も体を重ねた場所だ。  誰もいない1人の部屋。そのベッド。その上に座る、ひとつの林檎。  服を一枚ずつ剥いていく。いけないことをしているような小さな背徳感が体の中に溜まっていく。空気が直に自分の体を撫でる。くすぐったい。今までは何も感じなかったのに。鏡の前に立つと乳首がいやらしく立った。あぁ、私はまだ生きている。私はこんなにも美しい。体のあらゆるところが女を主張する。心臓の鼓動が腹まで響く。  美しい。うつくしい。ウツクシイ。  目の前にある鏡は忠実に私を写した。それに反応した膣からぽたりと白くにごった汁が足を伝って床に落ちた。  
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