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2/27 犬と猫の違い
お題【雪だるま】【舌打ち】【布団】
祐貴さーん! 外から聞こえてくるはしゃいだ声に、俺は布団をかぶりなおして、舌打ちをした。いい年をした大人が──といっても彼は大学生なのだが──雪にはしゃぐなんてばかばかしい。それよりも、今日みたいな寒い日には布団に潜って、本を読むなりなんなりしたほうが百万倍有意義な休日ではないだろうか。いや、俺と一緒にベッドの中でけだるげにしていろなんてことは言わない。なにしろ彼は自他ともに認める元気印の大学生だ。でも、雪が楽しいのも、珍しいのもわかったから、お願いだから放っておいてほしい。いくら俺が彼と同じ大学生だからといっても、そこに元気印のオプションはつかないのだ。断じて。
「祐貴さーん! 外、雪、すごいよ!」
外から元気な叫び声がする。うるさい。雪がすごいのなんて知っている。ここ、東京という地では滅多に降らない雪が、昨日の深夜からしんしんと降り続いて、何cmか積もったのは知っているのだ。ニュースで見たから。最近の便利な世の中では、実際に自分の目で見なくとも外の様子がわかるのである。それなのに、何が悲しくてわざわざこの寒い日に外に出て確認しなければならないのか、ニュースで十分だ。
そもそもの話、俺は雪が嫌いなのだ。まず第一に、寒い。そして第二に、寒い。0度を下回っているという日に、外出しなければならない用事があるわけでもないのに外に出る輩の気が知れない。よって、俺は外に出ずベッドの上で優雅に本を読みコーヒーを飲むのだ。
それだけではなく、雪は解ける前ならまだいいものの、気温が上がって解ければぐじゅぐじゅになり、泥を含んだ汚い液体と化すのだ。極めつけに気温が下がればそれが凍り、道を歩くだけでも細心の注意を払わないといけない、最悪である。そこまで考えたところで、三度、祐貴さーん! という声がした。返事はせずに布団を頭の上まで引き上げる。絶対に布団の外へは出ないぞという鉄の意志だ。
俺が返事をしないのに業を煮やしたのか、ガチャ、どたばたどたばたどたばた、とうるさい音が聞こえてきた。大方、俺を連れ出しに家の中へ戻ってきたのだろう。俺の予想は的中し、ドアは、バン! と大きな音を立てて開かれた。元気印はいいのだが、いちいちうるさいのが玉に瑕である。
「祐貴さん! 外でないの!?」
「うるさい。俺は今日は家から出ずにベッドで読書をしながら優雅にコーヒーを嗜むんだ」
「えーっ、祐貴さん、コーヒーに砂糖入れなきゃ飲めないのに?」
「それは別に関係ないだろう! 俺はいいから遊んで来い」
布団から少しばかり出していた頭を引っ込め、手だけをだしてしっしっ、と追い払う仕草をする。ベッドの横に立った彼は、えー...と不満げな声を漏らした。
「えー、も、いー、もない。俺は出ないからな」
「えー、も、いー、もあるよ! じゃあ、遊ばなくてもいいから、ちょっとだけ」
「いやだ」
「見るだけでいいから! 先っぽだけ!」
「外に出るのに先っぽだけってなんだ! しかもそれそういいながら全部入れるやつだろう」
「お願い~~~~~~! 一生のお願いだから、祐貴さん!」
「大体君の一生のお願いは軽すぎるんだ。今まで生きてきて一生のお願いを何回使ったか覚えているか?」
「えーっと、一回、二回......じゃなくて! お願い、祐貴さん。ほんとにちょっと出るだけでいいから」
お願いだから、ね! 出てくれたらコーヒーは俺が入れるし、フレンチトーストも作るよ! 追い打ちのように掛けられたその言葉。ち、と舌打ちが漏れる。癪なことに、彼の作るフレンチトーストと、彼の淹れるコーヒーはおいしいのだ。コーヒーに砂糖を入れてしまうから味がわからないなんてそんなことは断じてない。
布団から目だけのぞかせて俺は問うた。
「本当に少しだけだな? 外に出た俺に雪玉をぶつけたりはしないな?」
「そんなことするわけないよ! 本当にちょっとだけでいいから、ね?」
「............パンケーキ」
「え?」
「フレンチトーストと、コーヒーと、あとはパンケーキで許してやる、といっているんだ」
「あ、うん、もちろん!」
祐貴さんは本当に甘いものが好きだね......という彼の呟きを聞きながら、俺はもそもそと布団から這い出た。ベッドサイドにある眼鏡をかけ、ふかふかしたスリッパをはいて立ち上がる。
「祐貴さん、その恰好じゃ外は寒いよ」
はい、これ。とガウンを持ってきた彼に、ありがたく頂戴する。甲斐甲斐しく俺の世話をするさまは、さながら忠犬のようである。パジャマの上にガウンを羽織っても当然外は寒いと思うが、ないよりましだ。彼の言葉を信用するのであれば、外に長時間でるようなことにはならないはずだから、芯まで冷えてしまうなんてことはないだろう。
ぺたぺたとスリッパをはいて歩きだす。部屋の外に出た段階で流れ込んでくる冷気がすでに寒い。
「それで、なんでそんなに俺を外に出したかったんだ?」
「それは秘密!」
玄関のドアを開けて外に出る。ドアを抜けるとそこは雪国であった──。某小説のパロディを頭の中で繰り広げたところで、ぶるりと身体を震わせる。
「いや寒すぎる。中に入っていいか?」
「ちょっとすぎない!?」
「ちょっとはちょっとだろう」
「まだだめ!」
祐貴さん、こっち。俺が逃げないようになのかなんなのか、がっしりと手を掴んだ彼に手を引かれて庭へと出る。しばらく外にいたはずなのに温かい彼の手に、基礎体温の違いを思い知った。
「これ!」
そういって止まった彼につられてそちらを見る。するとそこには、眼鏡をかけ、口を真一文字に結んだ雪だるまがいた。
「これ、は......俺か?」
「360度どこからどう見ても祐貴さんでしょ?」
ぶんぶん、と振れるしっぽの幻覚が俺には見えた。俺は今、大型犬になつかれている。この雪だるまを見せるためだけに俺を外に連れ出したと? しかもご丁寧に、雪だるまは俺と同じような黒縁の眼鏡をかけている。
「これが俺なら君は雪だるまに犬耳でもつければいいのか?」
「もしかして祐貴さん気に入ってくれた?」
断じて気に入ってなどいない。こんな雪だるまを俺というとは、許すまじ、だ。
「祐貴さんが気に入ってくれてよかった! じゃあ、部屋もどろっか」
「これだけでいいのか?」
「うん? うん、いいよ。見せたかったのはこれだけだしね」
「......そうか」
どうも彼にはあの雪だるまを見て喜ぶ俺、という幻覚が見えていたようなのだが、なぜだろう。兎にも角にも、俺は一刻も早く部屋の中に戻ることにした。フレンチトーストとコーヒーとパンケーキも待ってることだしな。
──まぁ、その、なんだ。あの雪だるま、解ける前に写真ぐらいは撮っておいてもいいかもしれない。
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