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其れは悪魔の如く
「はぁっ…はぁっ…!」
闇路を少女が駆けていく。柔らかな足裏は砂利に裂かれ、踏み出す度傷口に砂が塗り込められた。
痛い。止まりたい。
だが、それは許されなかった。
「あっちだ!追えぇっ!」
幾多もの松明の光が少女の後をつけてくる。それはまるで一つの生物のようだった。獲物を逃すまいと、執念に燃える獣…。
「いや…いやぁあ…」
少女の瞳に涙が浮かぶ。背後から感じる、夥しい殺気に恐怖しての涙だった。
「あいつも俺の娘みたいに殺してやる!」
「私の赤ん坊の仇…!」
「よくも妻を!」
人々の口から溢れ出る怨嗟と罵詈雑言。もし少女が捕まったら、彼女が人の形を留めているかは怪しいだろう。
「あのガキが歌を歌った途端、皆死んだ!許せねぇ…俺の子はまだ三歳だったんだぞ!」
「全員、苦しそうに血を吐いて、のたうちまわって死んだんだ!」
「悪魔だ!悪魔が子供の皮を被っているんだ!」
「「「殺せ!殺せ!殺せ!
殺せ! 殺せ!殺せ!」」」
闇夜に殺意がこだまする。
「ちがうよぉ…ちがうのに…」
涙と水鼻で顔をぐしゃぐしゃにしながら逃げる少女の耳にも、それは届いていた。
「あっ!」
気付くと少女の眼前には崖が広がっていた。切り立っていて、幼子の力ではとても降りることはできない。逃げることに夢中で地形の把握を怠った為だった。
「いたぞぉ!こっちだ!」
背後から声が聞こえた。少女が振り向くと、そこには捜索隊が続々と集まり始めていた。
みな、手には松明や棍棒、刃物や石を握りしめている。
「ようやく追い詰めたぞ、化け物め!」
「二度と歌えないよう舌と喉を切り取ってやる!」
崖に少女を追い込むように、殺意がにじり寄ってくる。
後ずさる少女。しかし既に踵は崖のふちにかかっている。
「おら、もう後がねぇぞ、死ぬならとっとと死ね!」
「待って!私に殺させて!」
その時、一人の男が少女に飛びかかった。
「死ねぇっ!化け物がぁ!」
男は持っていた棍棒で少女の頭を打った。夜の空にカコォンという音が響く。
その一撃で少女は宙へと投げ出され、そして深い闇へと落ちていった。崖の下方から、バキバキと木の枝が折れる音がした。
「てめぇ、勝手に何してやがる!」
「うるせぇ!俺が一番殺したかったんだ!」
「馬鹿野朗!これで死んでなかったらどうする!」
村人が内輪で揉め出すと、一人の老人がそろりと歩み出て言った。
「奴は死んだじゃろうて…この高さじゃ助からまい。それにこの下は''暗澹の森''じゃ。生きていても凶獣の餌になるだけよ…。どちらにせよ、もう儂らには追えん」
老人の言葉に皆は渋々納得し、思うところはあったが諦めて村へと帰っていった。
「た…すけ…て」
朦朧とする意識の中、少女は助けを求めていた。棍棒で打たれた頭は赤黒く腫れ、体は創痍で覆われていた。疲労からか酷い頭痛と耳鳴りが止まない。
「わたし…死にたくない…よ…」
言葉を否定するように毒蟲達が、彼女の肉を喰らうため少女の身体を這っている。
地面に倒れる少女の頭の方から枝を踏む音が聞こえた。血の匂いに誘われた大型の獣だろうか?それならそれでいい、呪われた生ならもういっそ…
「ころ…して…」
「断る。生きることを諦めるな」
若い男はそう言うと、少女の身体の蟲を落として抱き抱えた。
「酷いな…よく生きていたものだ」
男はそのまま森の奥へと歩みを進めていく。
少女は尋ねたいことが山程あったが、全身を襲う激痛から逃れるように、彼女の頭は意識を手放した。
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