◇第一章◇

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 この国の住人は古代から不思議な力を持っていた。これらの力を人々は畏れ敬い、魔法又は魔術と呼んだ。いつしか魔法と魔術が全国民の身体の奥底、遺伝子の一つに組み込まれるようになるとそれらに対する畏れの気持ちは無くなり、魔法という言葉は人ならざる存在ーーー神々、妖怪、あやかしが駆使する力にたいしてのみ使われるようになり、代わりに人間の魔法魔術は『雅号』と呼ばれるようになった。  国民全員が人ならざる存在(もの)が視え、或いはそれらが出す音が聞こえ、或いは意思疎通ができる。そして人によって無から有を作り出し、それを世界に影響させることができる。人によっては難解な事柄の本能的に解明ことができる。人によっては作り物、紛い物に命を吹き込むことができる。人によっては神々と協定を結び、許可を得て自然の摂理を一時的にねじ曲げたり、無効化することができる。彼らにとっては神々は敬うべき、妖怪やあやかしたちは友とも上司とも部下とも家来とも仲間とも子どもたちの子守とも遊び相手とも言える、と言えた。  浅野舜一郎は描いた絵に命を吹き込み、実体化させる『画龍現実(かいたりゅうまことになる)』と書かれた文字の言語を学ばずとも全て理解する『文字万象図書館(もじいっさいをしょぞうする)』の二つの雅号を持って鎌倉の名家である浅野家に長男として産まれた。浅野家は代々画家の名家で舜一郎も『画龍現実(かいたりゅうまことになる)』を活かして父親の喜駿の跡を継ぎ、十三代目の"星火"を襲名することが決まっていた。自他共にそう思っていた。しかし制御が不得意だった上に舜一郎の雅号が使用すればするほど力が増していく性質だったことが不運として重なった。この性質は制御自体が雅号の成長に反する為神具にも頼ることが出来ず、大変な苦労と精神力を要する。舜一郎はその為の特別訓練学校にも入り、一年かけて制御に成功した、と誰もが思った。"星火"襲名表明会で描いた龍が実体化して人を襲い、鎌倉の街を半壊させるまでは。龍が囚われ、死者が出なかったことは僥倖でしか無かった。それが半年前のことだ。喜駿は厳かに舜一郎に非は無いが跡目は弟の修治に継がせること、世話はするから鎌倉を出て行って欲しいと告げた。舜一郎は僅かな伝手を頼って横濱へのぼり、あやかし・付喪神付きの部屋を借りて『文字万象図書館(もじいっさいをしょぞうする)』を活かした職探しを始めた。それが上手くいっていないことは先の不採用通知が表している。  
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