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◇第一章◇
かたっ、かたっと何かが硝子の引き戸を叩く音が聞こえる。跳ね起きて見ると郵便省の鐘方外衣を身につけた白鳩が嘴で叩いている。眼鏡をかけて引き戸を開けると白鳩が口を開く。
【……浅野舜一郎で?】
「そうだ」と舜一郎が返事をすると白鳩の足に先までは間違いなく無かった手紙が姿を見せた。その手紙を足から取ると白鳩はすぐ様縁側から飛び出して行った。薄い空色にもはっきり浮かび上がる鳩の飛び姿は正に絵になった。舜一郎は手紙を読んだ。
『神奈川県庁外国外務文化雅号局 言語部
浅野舜一郎様
厳選なる選考の結果、貴殿の雅号は弊局が求めていたものとの相違が生じた為、不採用とさせて頂きます。敬具』
「くそっ!」
舜一郎は手紙を丸めて塵箱に放り投げた。が、失敗して手前に落ちた。それをこの部屋に住み着いている付喪神たちがそれで蹴鞠を始めた。いつもならそれを心穏やかに見ているが、今日はそんな気分にはなれない。
【くっくっくっ……】と天井から老人の笑い声が聞こえた。【また落ちたのかえ?】
天井嘗だ。生まれて百年足らずの若い天井嘗。長寿のものだと五百年、千年などざらだ。着物を着、剥げた頭のそれは人間の老人そのままなのに動物のような目と尖った耳、天井嘗特有の細く、長い舌が彼が人間よりも長く生き、本能的な自然の理を知る人ならざる存在だと教えてくれる。
舜一郎はふんと鼻を鳴らした。「いつもの断り文句だ。ふん、俺の雅号は要らないとはっきり言えば良いものを」
【はっきりものを言わず、仄めかすのが人間の性よ】と天井嘗めがまた忍び笑いを漏らした。【しかしお主にはもう一つ雅号があった筈だろう。絵に関する雅号だったと思うが】
天井嘗めの言葉に三寸ほどの大きさしか無い付喪神たちが蹴鞠をやめて声をあげてわらわらと群がってきた。おかっぱ、三つ編み、坊主頭に、手毬や玩具の着物を着た童子のような身なりをしていふ。彼らはそれぞれ代々の住人たちが使い古しては壊れて捨てた筆、硯、雑巾、箸、皿から生まれた付喪神だ。五人は子ども、では無く付喪神ががひそひそ話をするようにくすくす笑った。
【知らないのー? 知らないのー?】
【主人様は絵が描けないんだよー】
【描いたものが生きて絵から逃げちゃうからー】
【【【【【ねー】】】】】
「煩いぞ、お前たち!」と舜一郎が怒鳴った。そのまま立ち上がって灰白色の帯で外出着用の深紫色の小紋を締める。
「外で飯を食ってくるから留守を頼む」
【訪問客はー?】
「追い返せ」
【お帰りはー?】
「知らん」舜一郎はそれだけ答えて格子の引き戸を乱暴に閉めた。
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