負けられない戦い

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   山脈地帯に、迷彩服姿の兵士が列をなし、トラックから自分の体重並みの重さがある、リュックサックを背に降り立つ。 「全員、整列!」  体調の怒号が飛び、パルーナ国の兵士たちは、森が開けた場所に整列した。兵士たちの顔には、疲れは緊張、怯えが見える。 「ライス国軍は、必ずここにやってくる。国を守るため、負けられない一戦となるだろう。勝てばすぐに家に返してやる」  国境を接するライス国と昨日、戦争が始まった。ライス国政府、パルーナ国政府ともに、最初の攻撃は相手がしてきたと、緊急記者会見で発表した。  隊長の命令一下、人の手が入ってない森に、パルーナ国軍の兵士たちは敵を待ち伏せすべく、塹壕を掘る。  夜になったが敵軍は来ない。しびれを切らしたパルーナ国軍は、横一列に並び、真っ暗な森林を進んで行く。  ライス国軍と出会うまで前進して、戦闘するよう残酷な命令を受けていた。  兵士の体を動かしたのは、勝てば家に帰してやると言う、将軍の言葉だ。  国境の森林地帯での、戦いは熾烈を極めた。  両軍と前線は、一進一退となった。多数の兵士が戦死してしまう。  老若男女関係なく、ライフルが撃てる国民は、ほぼ徴兵されてしまった。    戦争は長引く。パルーナ国、ライス国の指導部は、秘密裏に外交交渉をするが、どちらも、自分達の主張を譲らなかった。  どちらかが、譲歩するなり、妥協しなければ交渉の決裂は必死である。  パルーナ国政府もライス国政府も、最前線の兵士たちに、テレビやラジオを通じて、相手が悪いと罵りあい合戦も繰り返す。  しかし、兵士の多くは長引く終わりの見えない戦いに疲弊していた。  国民は、一日でも早い戦争終結を望み、落胆した。そして、怒りの矛先は、政府指導部に向かう。  パルーナ国、ライス国各地で、食料や医薬品が不足して、市民による暴動が起きた。鎮圧する軍の一般兵士も、内心では市民に共感していた。  労働者による戦争反対のストライキも起きる。鉄道の一部は、機能しなくなった。  もはや、最前線に必要な物資さえ送れなくなったのだ。戦場の一般兵士たちも、士気は下がり続け、戦う意味さえ失っていた。  将軍たちが異口同音に、配下の兵士に演説を繰り返す。 「負けられない戦いだ」  軍隊の階級構成は、ピラミッド構造である。上の階級、将軍ほど人数が少なく、一般兵士が一番多いのだ。  一般兵士たちは、将軍の命令を無視するようになった。部隊によっては反乱さえ起きる。  国力を使い果たした二か国どちらも、政府指導部が和平派と交代した。  新指導部は、ただちに休戦条約を締結した。  とにかく戦いを終わらせることを優先した結果、正式な終戦に向けての細かい条件は先送りとされる。  戦場での戦いは終わったが、パルーナ国、ライス国とも、社会は大混乱に陥っていた。  両国政府にとっては、自国の復興こそが、最優先事項であった。  数年後、両国とも、やっと食糧の配給制度が終わり、社会が安定する。  その間、両国の国会では、少数政党が合併したり、解散したりの繰り返しで、政治も混乱しきっていた。  パルーナ国では、国会で過半数の議席を獲得した、政党の党首が首相に就任した。  首相は、外務大臣に極秘命令を出す。 「ライス国と終戦条約交渉をする。国境線については、ライス国の言い分を全て受け入れる」 「首相! 国民に負けられない戦いと宣伝して、あれだけ多くの犠牲を出したんです。国境線がライス国の言いなりでは、国民は猛反発しますよ」 「――外務大臣。戦争をしたせいで、我がパルーナ国の国際社会におけるイメージは、好戦的な国とされ最悪だ。外交交渉で、国境線の問題を全て譲歩することによって、『パルーナ国は生まれ変わった。平和を愛する国』だと、国際社会にアピールできるだろう。外交交渉こそ、負けられない戦いだ。いいね」 「――一般兵士として戦争に行かされた個人としては、納得できませんが、外務大臣として首相の命令ならば、従います」    中立国のホテルにおいて、パルーナ国、ライス国両政府の外交使節団が、終戦交渉が始めた。  しかし、どちらも、国境を巡る主張は相手国の言い分を全て受け入れ、譲歩するつもりで、臨んだのだった。  両国とも、国際社会からの信用を取り戻したいのだ。  交渉は平行線を辿った。結局、あれだけ尊い血が流された、国境線については、棚上げとして、終戦条約が結ばれる。  戦争をしていた国同士がやっと正式に仲直りをしたのだ。盛大な祝賀式典が、両国で執り行われた。  平和になっても、両国の国民には、様々な議論が巻き起こる。負けるはずのない戦いで、政府が無能で負けたという意見もあった。  また、国境線を巡って、両国民の意見の対立は根深い。悪いのは相手の国だと、言い張ったりしている。  一部の人々は、戦争は自国が勝ったとか、戦争になったのは、相手国が悪いとか、言い続けたりしていた。  しかし、「戦争をして良かった」「兵士として、戦争にまた行きたい」と言うものは、誰一人として存在しない。(完)  
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