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先輩はヒーローだ。日本中の子供達にとっての。
高梨先輩は、うちのスタント事務所の看板の一人だ。
一番有名な仕事は、特撮番組「マスクライザー」シリーズだろう。シリーズの多くの作品で主役のマスクライザーのスーツアクターを務め、特撮ファンにもよく知られた存在だ。高梨先輩にあこがれてこの世界に入った者も多いし、俺も先輩を尊敬している。
同じマスクライザーのスーツを着ても、変身する人間が違えばはっきり違う動きをするし、合体や憑依をした状態だと右半身と左半身で違う動きをしたりする。顔が見えなくてもわかるその演技は、マニアの間では神演技と呼ばれている程だ。
俺は先輩に追いつきたい一心で努力を重ね、ついに2号ライザーのスーツアクターを任されるまでになった。
その矢先──
「先輩! 次のマスクライザー、主役のスーツアクターをやらないって本当ですか⁉」
俺は高梨先輩と顔を合わせるなり、そう訊いた。
「ああ、そうだよ」
先輩は、ちょっと困ったように微笑んだ。
「どうしてですか⁉ マスクライザーって言ったら、先輩でしょう!」
「……実はな、そろそろ潮時だと思ってたんだよ。20年程マスクライザーをやっていたが、俺も歳を喰った。いずれ、身体も思うように動かなくなるだろう。その前に、後進に道を譲りたいと考えていたんだ」
「でも……まだ充分動けるのに」
「だからだよ。今なら、俺のやって来たことを皆に教えられる余裕もある。──もうプロデューサーには話をして来た。俺が降りるのは、決定事項だ」
先輩は俺の肩を一度だけぽんと叩いて、控室を出て行こうとした。ドアを開ける前に、先輩は振り返って言った。
「そうだ、次のマスクライザー役、プロデューサーにおまえを推薦しておいたぞ」
「えっ?」
「おまえはセンスがあると思うし、プロデューサーも新しい風を入れたいって言ってたからな。正式には社長や監督も入れての会議で決まるそうだが、まあ反対は出ないだろう。頑張れよ」
言い残して、先輩は控室を出て行った。俺は呆然と先輩を見送るしかなかった。……マスクライザーになる。俺が。先輩の後を継いで。
世代を越えて続いて来たヒーローの歴史の重さが、俺の肩にずしりとのしかかって来たように感じた。
話はとんとん拍子に決まり、俺はマスクライザーのスーツアクターに決定した。高梨先輩もマスクライザーはやらないものの、番組には出演することになった。……ボス格の敵キャラのスーツアクターとして。
先輩のアクションは相変わらず見惚れる程に美しく、貫禄もある。先輩のことだから、敵でも本気で演じるだろう。それこそ俺の演技を食いに来る勢いで。
この敵をどうやって倒すのか、そもそも倒せるのか? 物語上ではマスクライザーが勝つことになるのだろうが、それだけでは勝ったことにはならない。俺が、先輩に、勝たないと。
「今度、マスクライザーの主役をやることになりました、小野寺俊也です。よろしくお願いします!」
そう言って彼は深々と頭を下げた。
俊也は新しいマスクライザーの主演俳優だ。つまり、俺の「変身前」になる。彼自身も新進気鋭の若手俳優だが、それ以上に俊也には話題性があった。
彼の父親・小野寺潤也は、シリーズ初期の傑作「マスクライザー・クォーク」の主演でデビューしている。このシリーズ初の、二世ライザーなのだ。
「お父さんから、何かアドバイスとか受けたんですか?」
俺は何気なく訊いてみた。俊也はちょっと笑った。
「よく訊かれますけど、父からは特にアドバイスは受けてないんです。父が言うには、自分の時とは設定も世界観もストーリーも違うから、僕の思うようにやれって」
「へえ……」
「それである意味、気が楽になったところもあるんですよ。僕は子供の頃から『マスクライザー・クォーク』を観ているんで、あの作品のすごさもわかるつもりです。──でも、やるからにはあれよりすごい作品にしたい。……父さんを越えるくらいに」
俊也は、まっすぐな笑顔を見せた。
「だから、父さんをなぞってたらかえって不利だと思って。これは、僕と父さんとの真剣勝負なんです。父さんには、負けられません」
その言葉を聞いて、笑顔を見て。俺の中でもやもやしていたものが、ぱっと晴れた気がした。
そうだ、俺は俺のマスクライザーを演じればいい。俺にしか出来ないライザーを。それを突き詰めて行けば、いずれ先輩に追いつけるだろうし、越えられるだろう。
俊也と、新しいマスクライザーを作って行けばいい。その先にきっと、俺自身の未来もあるし、マスクライザーそのものの未来もあるかも知れない。
俺は俊也に右手を差し出した。
「改めて、これから一年間よろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
俺と俊也は、がっちりと握手を交わした。
今日も早朝から撮影だ。よく撮影に使われる公園の一角で、俊也がポーズを取って叫ぶ。
「転身! マスクライザー!」
俊也に代わり、マスクライザーのスーツを着けた俺が表に出る。目の前にいるのは、敵キャラのスーツを身に着けた高梨先輩だ。アクション監督の指示する振付に従い、殺陣を繰り広げる。
視界なんか無いに等しいスーツを着てなお、美しい程に魅せるアクション。キャラクターを際立たせる存在感。まだまだこの人は高い壁だ。
だけど。
──行きますよ、先輩。
その壁を飛び越えて、新たな未来を掴む為に。マスクライザーとしても、スーツアクターとしても、俺は負けられない。
俺と先輩の真剣勝負は、今日も続いている。
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