追憶

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追憶

強い光の中の一瞬の出来事だった。私の顔に張り付いた奇怪な人相は、剥離して目前を漂った。左方の頬がこけた男性の表情から、濃淡は女性が持つ丸みの帯びた線へ完全に変わり、あの目らしき淵に笑い皺が両方にうっすら浮かんだ。 彼女は微笑を浮かべているようだった。 刹那の変化に見られた微笑みには親しみのある慈愛の感情が滲んでいた気がした。 水彩画のような橙の電球色に、淡い緑がかった色が視界いっぱいに広がる。 朧げな霞の中へ、微笑を浮かべたあの女性的な陰影は溶けていく。 眼前の暖色が視界から引き離されていく。次第に遠くなる光は、正午の陽を。そして柔い光は淡い温かさで両手で本の端をがっちりつかんで読む小学生を指し示した。 快活なあどけない私は熱心に本を読み、物語に没頭している。 海外の冒険小説に描かれる文字列から浮かび上がる主人公に私を投影させて、空想の世界を軽やかに駆ける。 虹の色それぞれの色彩に基づいた7つの宝石が王国を救う。宝石を体内に宿す奇怪な魔物達の体の中から取り出す必要がある。 銀色の剣で奴らの尻尾を切断し、視覚を奪うために目を突いた。動きを鈍らせるために手足を断ち切った。そして急所の胸に剣を深く刺し込む。 奴らの表情は苦難の表情に顔を歪めて、痛みに悶えながら事切れていく。 胸の傷口に手を入れる。 ぬらぬらと光る宝石が私の手の内に。 私は称えられた。石畳の町が歓喜に包まれ、花火が連続して弾ける。 空想の中で私の腹は十分に満たされた。 振舞われる肉や魚、酒とともに、お前の勇気を称える。といった具合の賛辞を述べる幾人もの仲間に肩を叩かれながら。 チャイムが校内に鳴り響く。 ようやく太陽の光に目を眩ませることをした私はふと、教室の様子を伺う。 粗雑な同級生がきちんと閉めるのを忘れ、一部開いた教室の入り口から行き交う少年少女の影が忙しなく通るのが見える。 間もなく外から帰ってくるわんぱくな少年たちがボールを投げつけ合いながら一斉になだれ込んでくるだろう。 給食の匂い。ご飯やおかずを入れる容器の、洗浄機で洗い古され熱くなったプラスチックの匂い。配膳車の建て付けの悪い車輪がガタガタと音を立てて通り過ぎる。 清潔な女子たちが一斉に手を洗い始めるので石鹸の匂いも少し混ざっている。 しかし、私は太陽の温かさに栄光の甘い余韻を重ね合わせ、知りもしない葡萄の酒の苦みに魔物たちの苦渋と苦難の痛みを舌の上で転がしながらしばらく味わっていた。 大量の給食をこさえた配膳車のガタガタとする音は、少年少女の廊下の駆け足の音と相まって祭りの様相を暗示し、花火の音が連続していたように思われた。 私の手には確かに銀の剣のつかを握った感覚がまだ残っていた。
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