探求

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探求

再びススキ野原が私の眼前に広がる。コンクリートの高い壁がススキ野原をずっと横にそびえ建っている。 私は瓦造りの屋根の鉄門の前、干からびた水路にいた。 鉄門に命令した。今度は「それ」によってではなく、私の意思で。 門は素直に従い、上がって半分ほど開いた。 静かに水路を満たしていく。私の視界の下方から上までをゆっくりと青い水が浸食した。 私は流れてくる水流に抗うことなく、水門を通って貯水池の底へと沈んでいった。 蒼い記憶へ私は溶けていく。 青白く発光するテレビ。 困っている怪物を見ず知らずの木こりが何やら悩みを聞いている。 見た目が醜いために町民から石をぶつけられるというのだ。 木こりは怪物にひどく同情し、石をぶつけられ、血が流れる箇所を包帯で巻く。 それから何とかしようという気概で町民一人一人に命の公平さを説くのだ。 何かの昔のアニメの映像だろうか。 すると何かが頭に触れた。首を傾げてみる。 目に皺を寄せて、微笑みを投げかけている。母が私の頭にそっと手を置いたようだ。 私の母は愛情深い存在だった。 私の道徳心を養うため、善人とする登場人物が自己という垣根を越え、他者のために身を尽くして終結する予定調和な本や映画が映す映像を好んで私に見せた。 私は感動をする。いや心から感動というものは出来なかった。 地面の表層の砂を掠め取るだけの無味乾燥なからっ風がどうして私の心を潤してくれようか。 しかしながら子を思う何気ない情報規制により、奇しくも私の心に、嘘偽りのないつぎはぎの綺麗な言葉をたっぷり塗りたくられた道徳心とやらがハリボテのように出来上がる。 拒絶の感情と拮抗しながら。 なぜきれいな物語は、私にしっかり根を張り成長を遂げなかったか。 それはあの英雄の物語の虜となっていたからだ。 手に入れた宝石の美しさに酔っていたのではない。 それまで肉に循環していた液体が溶け出て、温かく赤黒い流線は冷たい銀の剣の輝きとまぐわい、柄から手首の骨格を伝い滴り落ちる。 その生温かい温度は、激震を起こし私の中の奥底に眠る溶岩を活性させる。 ハリボテの道徳心をしばしば揺るがしては地に根を張るのを防いでいた。 しかし周囲の人間がどんな行いを好み、何が不道徳な行いであるかは、予定調和の物語から学んだ。 それに加えて、母が見せる潔癖な物語への不信が私の表と裏の顔を隔絶するのに役立った。 よってあの物語の英雄の話は裏というカテゴリーへ厳重に保管され、心の引き出しの奥底に隠された。 周囲の調和を保つ手法のようなものは当時の私には漠然とではあるが、やんごとなき事柄として優先順位の上位に上がっていたに違いない。 小学生の期間、ずっと一人で夢想にふけっていたわけでもない。それなりに友人とゲームをして、ボール遊びをすることで小学生らしさを保っていた。小学生らしさを演出するのに培われた社交性、世の処世術は、羞恥という概念がしっかりと私に組み込まれていた証でもあり、彼らとの付き合いが上手くいったことは表の顔が通用するという私の中の確たる実証だった。 友達は当然、親ですら見抜けなかっただろう。 テレビゲームも、外での遊びの最中も、人道的で涙を誘う映像を見ている時も、あの英雄の物語をこっそり持ち出してはたびたび魔物を打ち砕いて、その瞳にちらちらと映っていた銀色の鋭利な煌めきを。
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