三人の僕

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三人の僕

 母の部屋には僕の写真がある。  それだけ聞くと大した事ないように思えるだろうが、問題は写真の数なのだ。壁一面、隙間なく飾られている僕の顔、顔、顔。どこにいても視線を感じるから、一分一秒でも部屋にいたくない。母は何年も前から使っているから気にもとめていないが、僕は嫌で嫌でしょうがない。  色褪せた写真を手に取る。最後に撮った写真だ。これに写っている僕は当時八歳で、母から貰ったお気に入りの真っ赤な服を着て、無邪気にカメラにピースサインを送っている。右膝の絆創膏は確か……遊んでいる時にどこかに足を引っ掛けて転んでしまったからだったような。そうだ、泣きべそをかく僕の気を紛らわそうとして、母が写真を撮りましょうと笑顔で言ってきたのだった。  そしてこの写真を撮った翌日、幼い頃から入るなと言われていた母の部屋に興味心でこっそり入って、この不気味な光景を目にしてしまったのだ。怖かった。そこに写っているのは僕のはずなのに、僕じゃないような気がして。  それからはカメラの前に立つのも嫌になり、母に写真を撮ろうと言われても嫌だと突っぱねて自分の部屋に逃げた。それが何回か続いた後、母は諦めて昔からの愛用のカメラを出さなくなった。母には悪いけど、あの部屋にこれ以上僕の写真が増えずに済んでホッとしている。  更に学校の行事で写真を撮る時はわざとそっぽを向いたり、撮られる瞬間に顔を俯かせたりして、極力僕の顔が写らないようにもした。母の部屋にある写真は見栄えが良いものが多い。だから僕のこの努力は覿面だった。  あれから僕の写真は一つも増えていない。何度か部屋に入って確認したから間違いない。しかし――。
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