マンション

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楠部との同居は、職場の最寄り駅から一駅の距離にある、麻布十番駅。徒歩三分のマンション。 『ここなら朔の仕事場に近いでしょ?』 こちらの返事も聞かず――俺にそんな選択肢を与えられていないのは、知っていたけど。 二十一時過ぎ、マンションの自動ドアをくぐった。エントランスはシンプルな造りでも、金持ちの住処らしく、床は雲母を敷き詰めたような輝きがあった。重厚感のある場所は、歩くたびに背筋を正されて、気疲れしてしまう。 ガラス張りになったエントランスから、手入れされた中庭がよく見える。毎朝、目にする植物を素通りし、カウンターの前を通り過ぎた。  二十四時間常駐する警備員とコンシェルジュに会釈され、ぺこぺこ頭を下げながら、エレベーターに乗った。  楠部は注目される仕事柄、セキュリティが頑丈なマンションを選んだ。来訪者には都度、セキュリティカードを貸出、エレベーターは訪問する階以外には止まらないという徹底した造りだった。 誰も乗ってこないエレベーターは静かだ。上がっていく機械的な音を聞いていたら、チンと音がして、エレベーターが開いた。 同居する部屋のドアを開けながら「ただいま」と声をかけた。微かに漂うコンソメの匂いに、夕飯は何かなとリビングに向かった。 「あ、おかえり……はい。今、帰って来まして、ええ、はい、代わりましょうか?」 3LDKの広々とした部屋。キッチンに立った楠部が子機を持っていた。今時、珍しい家電があるのは、俺の母親が電話をかけてくるから。 だから、誰と電話しているのか、すぐにピンときた。と同時に心拍数が上がったので、洗面所に向かう。  乱暴に手洗いうがいを済ませて、深呼吸をした。大丈夫、もう一緒に暮らしていないんだ、大丈夫。 リビングに向かうと、微笑んだ楠部と目が合った。 「そんなことありませんよ、お義母様。僕の方が朔君に助けられています」  お義母様 楠部は俺の母親を自然と「おかあさま」と呼ぶ。テレビで見る成功者に恭しくされて、電話口の母親が、喜んでいるのを知っている。 「朔」 「ああ」 楠部から差し出された子機を受け取ると「朔?聰一郎君に迷惑かけてない?」ときりきりした声。心臓がぎゅっとなった。 「大丈夫だよ」 「そう?あなたは昔からドンくさいし、頭も悪かったでしょう?聰一郎君みたいな子と同居して、迷惑かけてないか心配よ」 母親の尋問じみた質問に「ああ」「うん」「大丈夫」「ちゃんとしてる」をローテーションで回した。 今はましだ。 昔、同じ屋根の下で暮らしていた時は地獄だった。両親共に国家公務員で某省勤め。せめて、自分達ぐらいのオツムをと、長男に期待した。見事、期待を裏切ってしまった俺は、テストの点が悪ければ父親には殴られ、母親の甲高い声で、延々と詰られる十代を過ごした。 でも電話口ならば、俺は殴られない。 「あ、そうそう。(しょう)がね、模試でA判定だったのよ。やっぱりあなたとは違うわ」  歳の離れた弟は、今年、高校三年生。俺が両親に殴られながら、なんとか合格した大学も、余裕で通りそうだと、電話口の声は機嫌が良かった。 「あなたは失敗だったから。翔には力を入れたけど、良かったわ」 「そう」  失敗作だったらしい俺への干渉は、大学入学時にがくんと減った。ターゲットが弟になったから。翔のお受験に力を入れ始めた両親は「あなたと違って物覚えが良い」と事あるごとに褒めていた。 弟との会話は数える程しか無かった。会社の同僚の方が、よっぽど趣味とかプライベートを知っている。弟というよりも、遠くて近い他人の話しを、俺は右から左に聞き流した。 「とにかく、聰一郎君に迷惑かけないでね」 「うん、分かったから」  ぷつっと切れた子機を戻していると「ロールキャベツだよ」と夕飯を告げられた。 「マジ?やった」 リビングのテーブルに並べられた真っ白い食器は、どこのブランドだったっけ。楠部が選んだけど、忘れた。 純白の深皿に盛られたのは、和風ロールキャベツだった。以前、美味しいと何気なく言ったら、定期的に出てくるようになった。 炊き立ての白米、味噌汁、きんぴらごぼうに、腹が鳴った。楠部と向かい合う形で椅子に座り、いただきますと手を合わせた。  味噌汁を啜ると、食欲が増した。ご飯を一口、熱いロールキャベツを口に放り込んだ。 「仕事、どう?」 「えー……今んとこ忙しくないかな。でも再来月リリースだから、来月から忙しくなるかも」 「迎え、寄こそうか」 「いいよ。できるだけ電車で帰るから」  目を伏せた楠部は「心配」と言った。長いまつ毛を震わせる様子は、ドラマのワンシーンみたいだった。 「……じゃー、終電になりそうだったら、連絡する」 「うん」 「あ、そっちは?忙しいんじゃねーの」  話題の投資家、イケメン社長と、昼食で見たテロップを思い出す。強調したいのか、ゴシック体が映像と合ってなくて、すげーダサかった。  イケメンで、成功者で、そんで料理上手。玉に瑕なのは、俺みたいなのをセフレにしていることか。 「リモートワークにシフトしてるから、大丈夫。夕飯ぐらい作れるからね」 「そっか……」  食事を続けながら、昼間に見たニュースを伝える。照れたような笑う楠部と、ロールキャベツを食べ終わった頃、リビングのテレビを点けた。  バラエティにワイドショー、お笑い……これでいいか。お笑い番組にチャンネルを回して、ソファに腰掛けた。  視聴五分で飽きた俺は、スマフォを取り出した。今、ハマっているソシャゲにログインする。 イベント真っ最中で、盛り上がりがピークの時期。SNSに作った、ゲーム専用のアカウントをのぞけば、TLは賑わっていた。  ソファが揺れて、隣に楠部が腰かけた。横目で見ると、洋書のペーパーバック。今度、ハリウッドで映画化するSF小説だった。テレビから流れてくる笑い声が、リビングに響いていた。  手元の画面に視線を落とした。イベントで、以前から欲しかったキャラの排出率が高まっていた。イベントガチャ、まずは一回で石五個×二十連の一万円を、聰一郎のクレジットカードから引き落とす。 ……でない。 でもまだ一万円だ。今度は三万円をクレジットで引き落として、回す。出てくるのは既存キャラだったり、雑魚ばかり。今度は五万……。 イライラと人指し指で画面を叩いていたら、肩が重くなった。 「欲しかったキャラ、出た?」 「出てない」 「そっか」  楠部がいつの間にか、洋書をローテーブルに置いていた。肩を抱かれるのはいつもの合図だった。もうガチャとか頭から吹っ飛んだ。慣れた手が、ベルトを外し始めた。 「風呂……入ってからで」 「このままがいい」  ベルトを抜かれて、スラックスのボタンを外された。テレビの音を大きくしようとしたら、リモコンを楠部に奪われた。静かになった空間に、チャックが下ろされる音。俺は耳を塞ぎたくなった。 「足、開いて」 ラグに腰を下ろした楠部が、股間に顔を埋める。ボクサーパンツを下げられ、ぶるっと飛び出たペニスを、ひんやりした手が握る。 楠部の長くて白い指が、巻き付いていく様から、目が離せなかった。 昼間、イケメンだと日高愛美に騒がれた男の、形の良い唇が開く。するっとピンク色の舌が、亀頭に垂らされた。 「あっ」 「ん……」  舌先でちろちろと鈴口を弄られる。下腹がムズムズして、鈍い快感があたまをもたげる。 湿った柔らかい舌で、亀頭を包むようにされると、腰が揺らめいた。じゅっと啜る音がして、声を上げた。 もっと、もっと。直接的な刺激が欲しい。楠部の頭を押さえ付けると、ペニス全体が、生暖かいものに包まれる感覚がした。 「あ……っ、そういちろぉ」  結構、奥まで咥えられて、ぐぷっと音がした。楠部の舌が蛇みたいに巻き付いて、ペニスを締め付けるようにする。気持ち良い。 快楽を与えてくれる男の髪に指を絡めた。柳眉の下に配置された瞳が、輝いていた。禁欲的な美貌とは相反する舌使いに、俺は声が抑えられなかった。 「……ん、んっあ、ああっ」  チャックの音とかどうでもよくなるくらい、水音が大きくなっていく。楠部が頭を上下するたびに、腰が動いていた。もっと、もっと、もっとして。 「あ……っ」  裏筋をしつこく舐められて、高ぶりを放出した。ソファに背中を預けていると、男の咽喉仏が蠢いた。残滓を舐めとるように、桜色の舌先が亀頭を這う。おそうじフェラ、と単語が頭に浮かんで、気分が沈んだ。  (ねぶ)っていた舌が離れて、やっと息を吐けた。 「昨日たくさん出したからかなぁ。今日は薄い気がする」  何が不満なのか、楠部はつまらなさそうな顔をしていた。萎えたイチモツを離さず、人指し指の爪で、鈴口を玩(もてあそ)ぶようにする。堪らず、背中が海老反りになった。 「もう一回、しよっか」 「風呂、入りたい……」 「じゃー、一緒に入ろ」 腕を引っ張られて、ソファから立ち上がった。大学時代から、変わらないやり取り。もう何回、楠部にフェラされたか。もう何回、楠部のちんこを突っ込まれて、ベッドでよがったか。 昨日もやったのに。  今日は風呂場で突っ込まれるのかと、気分は沈み、体は興奮していた。
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