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そして、二か月が経った。
朝、出勤前に洗面所でヒゲを剃っていると、玲子が頬を膨らませて僕の背後を通り抜けた。
「何で起こしてくれないのよ。今から朝食作るから。お弁当も用意する。でも、その前にトイレ――」
僕はバタンと大きな音を立てて閉まったトイレのドアに向かって、声をかける。
「怒らなくたっていいじゃないか。だって、今日のパートは遅番なんだろ。昨日の夜も遅かったんだし、たまにはゆっくり寝てなよ。近くのコンビニで、朝食済ませるからさあ」
ヒゲを剃り終わり、顔を洗う。髪をセットしてネクタイを締めても、玲子はトイレから出てこなかった。不審に思い、トイレのドアをノックした。
「おい、どうした? 怒ってるのか?」
トイレの中からすすり泣く声が聞こえてきた。なぜ、泣いているのか。僕はドアを叩き、「大丈夫か」と連呼する。ドアノブを握って、鍵を壊さんばかりに引っ張った。と、同時に玲子がドアを開けて飛び出してきた。僕の胸に顔をうずめて、泣いている。泣きじゃくっている。
「どうしたんだ、玲子? 大丈夫か? 何があった?」
必死で問いただす僕に、妻は妊娠検査薬を差し出して見せた。その判定窓には、妊娠反応を示す赤いラインが浮き出ていた。
僕も号泣して、妻を強く抱きしめる。
その日は、ちょっとだけ会社に遅刻してしまった。
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