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豚の頭を持つ神様の大きなお腹には、無数の子豚が張り付いていた。豚は、子だくさんの象徴だと聞いたことがある。目尻の垂れた優しそうな尊面。その両手は、顔の横で大きく広げられ、人差し指と親指で耳たぶをつまんでいた。玲子は面白がって、デワ・バビ様を真似、耳たぶをつまんでおどけて見せた。
寺院の中央には、メル(塔)が一基あった。屋根が五つ重なったような、ユニークな形だ。メルの背後には、お社とでもいうべき建物があった。こじんまりとした、かやぶきの家屋。古くはあったが、手入れが行き届いる。僕たちは石段を上り扉へと近づいた。
そこにはひとりの僧侶が待っていた。真っ白い装束に身を包み、手には火のついた油皿を持っていた。僕たちに向かって何事かを話しかけてきたが、残念ながらインドネシア語は分からない。片言の英語で話しかけるも、僧侶は英語を解さないようだった。
業を煮やした僧侶が、手のひらを差し出す。何かをよこせと言っているようだ。
「これのことかな」
玲子がバリアンからもらった紙を取り出すと、僧侶はひったくるように奪った。そして、親指で扉の奥を指す。僕たちが並んでお社へ入ろうとすると、「ティダッポレ、ティダッポレ」と言いながら立ちふさがった。そしてまた、親指で奥を指し示す。入っていいのか、悪いのか。
首をかしげていると、僧侶は僕の肩に手を置いたまま、玲子に向かって扉をアゴで指し示した。そうか。
「どうやら、女性しか入っちゃいけないらしいね」
不安げな玲子に、僕はうなずいて見せた。
「心配ない。ここで待ってる。何かあったら、大声で叫んで。すぐに助けに行くから」
玲子は泣きそうな顔で何度も振り返りながら、お社へと入っていった。
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