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どれくらい待っただろう。時間にして、五分ほどか。それでも、僕にはずいぶん長く感じた。もう二分経っても何もないようなら、僧侶を突き飛ばして無理やり中へ侵入しようかと考えていたところで、玲子が扉から出てきた。
「大丈夫だった? 何もされてない?」
僕の心配をよそに、玲子は不服そうな表情で答える。
「うん、何もされてない。本当に、なーんにも」
中の様子を事細かにたずねたが、妻は本当に何もされていなかったようだ。薄暗い部屋の中には僧侶が立っており、一脚しかない椅子に座るように促されたらしい。そして何事か言われたあと、大きな布を頭からかぶせられたそうだ。ただ、それだけ。
お香の匂いと、かすかに聞こえるガムラン音楽。彼女の横を誰かが歩く気配と、わずかな風を感じたという。そして五分後、肩を叩かれ、布がまくり上げられ、僧侶から帰るように合図されたのだと。彼女の不服そうな表情は、想像と違ったからなのだろう。大げさな祈祷や、儀式めいた行為を強要されると思っていたが、肩透かしをくらったというわけだ。
寺院を出ると、一日の疲れがどっと押し寄せてきた。ムトーさんは、夜景のきれいなバーを案内したがったが、僕たちは遠慮してホテルへと直帰する。部屋に着いた頃には、冷蔵庫のビンタンビールに手を出す余裕もなく、ベッドへもぐりこんでしまった。
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翌朝、ホテルのモーニングビュッフェに後ろ髪を引かれながら、早々とチェックアウトする。ムトーさんと合流し、朝食とお土産を買いにスミニャック地区へと移動。ブランドショップや高級料理店が並ぶ繁華街に、二人で目を丸くする。ペットボトルトイレの家との落差がありすぎて。
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