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モンジとモモタロー父子がサンドヨッツ村に住んでいた頃は焙義と煎路の実母ベクセナも生きており、彼女と隣人サッガルの家は、まだ子供だった煎路たちのはしゃぎ声であふれかえっていた。
あの日も――
魔羊を追いかけ走り回る子供たちを、モンジとベクセナは柵に腰かけ見守っていた。
そのうち煎路とヒロキがつまらない事で取っ組み合いのケンカになり、モモタローは仲裁に入ったものの二人をおさえきれず巻き添えになってしまった。
そんな三人を見て、「楽しそう」だと喜びモモタローに加勢しようとする一番のおチビさん、アップルダを、焙義が「危ないぞ」と引き止める。
豆実は草と土で一生懸命に草団子を作り、「これあげるからケンカしないでっっ」と、泣き顔になっている。
「やれやれ……」
煎路たちを止めようとベクセナは立ち上がろうとしたが、先に焙義が三人を止めに入り、ベクセナの出番はなくなった。
年上の焙義にきつく注意されるとあっと言う間にケンカはおさまり、三人はシュンとしておとなしくなった。
そこへ、サッガルが焼きたてのパイを入れたカゴをかかえて家から出て来ると、
「パイだ!!」
子供たちは飛びはねながらサッガルの元へ集まり、草の上にベタっと座りこんでホクホクのパイにかじりついた。
さっきまでケンカをしていた煎路とヒロキも、過ぎ去った出来事はすぐに忘れ、あごやほっぺたに付いた食べかすを互いにのけ合いケタケタと笑っている。
感情にさからわない、ありのままの子供たちを目に映し、モンジとベクセナの口元はほころんでいた。
「子供はいいな。モモタローと出会うまでは特に思った事もなかったが……」
「ええ。本当に……」
「あの焙義までもが、サッガルのパイの前ではあんな無邪気になるんだからな。ハハハッ」
「大人ぶっていても、焙義もほんの子供ですから」
「そのようだな」
「……モンジさん……きいてもいいですか?」
「ん?」
「時々モモをうちに預けて何日か家を留守にしていますけど、あれは仕事ではなく、人間界に出向いているのではないですか……?」
ベクセナの唐突な質問に、モンジはしばらく黙りこんだ。
「モンジさん……もしかして、アナタは人間界に」
「その通りだよ」
「……」
モンジが答えると、今度はベクセナが口をつぐんだ。
「俺は近い将来、モモタローを連れて人間界に移るつもりだ。もしヒロキが望むなら、あの子も一緒に……」
「……」
「この村に来る前から考えていた事だ。魔界は……
魔界はブレンドの子たちが安全に暮らせる所ではないからな」
モンジは、子供たちを目に焼きつけてそう言い切った。
「……やっぱり、そのつもりだったんですね」
「ああ。これまで何度か人間界に出向き調べてきたが、本当にいい世界だ。人間界ならモモタローも不当な差別を受ける事なく生きていけるだろう。
ベクセナ。お前も子供たちを連れて人間界に行かないか?」
「え……?」
「サッガルとアップルダには申し訳ないが……」
「……私は……」
モンジの誘いを、ベクセナは素直に受け入れられなかった。
人間界という異世界に対し、不安がある訳ではない。心から愛した男性の故郷なのだ。子供たちと一緒なら、行ってみたいという気持ちはもちろんある。
しかし……ベクセナはどうしても決心できなかった。
「ベクセナ。お前はまだ“あいつ”の事が気になっているんだな……」
モンジが何かを察して言うと、ベクセナは無言でコクリとうなずいた。
深刻な二人の向こうでは、早々とパイを食べ終わった男の子組四人が、わいわいと必殺技の魔力を出し合い乱闘ごっこで元気よく遊んでいる。
「それにしても、あの子たち四人はブレンドとは思えないほど、そろって戦闘の才能があるな。モモタローもヒロキも……
焙義と煎路は当然だ。お前と……とりわけ“あいつ”の血が通っているのだからな」
「……モンジさん、私……
私が魔界に執着する理由は“あの人”の事だけではないんです。
私は……」
「分かっている。豆実の事だろう?」
「……すみません……」
「あやまる必要はないさ。もし気が変わったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます。ゾン……あ、モンジさん……」
モンジの本名をうっかり言いかけ、ベクセナは軽く口を押さえた。
「おばたまぁ~! モンジたぁ~ん! ムッタのパイ食べないのぉ〜!?」
柵から動こうとしないモンジとベクセナを気にかけ、豆実が可愛らしい声で呼んでいる。
モンジとベクセナは顔を見合わせて腰を上げ、紅葉のような手で「おいでおいで」している豆実の方へと、にこやかに歩いて行った ~~~~~~~~
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