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~~~~~モンジは、静かに目を開けた。
「……夢か……
あんな昔の夢をみるなんてな……」
人間界、図本国。
度合一家を追いモモタローが魔界へ帰郷して、あれからかなりの月日が流れていた。
モモタローの代理として協会から派遣されて来た図絵表師は丸井円という四十代半ばの温厚な女性で、
モモタローの教会に通うズエヒョー教信者の人達にこの短期間ですっかり溶けこみ、信頼され、愛される存在となっていた。
「息子さん、いつ帰って来られるんでしょうね。モンジさんもお寂しいでしょう?」
丘に建つ教会を囲む、濃紺の海。
その日その時により表情を変える海を眺めるのが日課となっているモンジに、礼拝を終えた円が声をかけた。
「ハハッ。息子が旅立つ時に、こうなる事は予測していたよ。
だから、君のような人が来てくれて本当に感謝している」
「私もラッキーでした。離婚したばかりで、これからどうしたらいいのか困っていた時にこちらに来る事が決まって……
ここはとても美しい、良い環境です。信者の方々も素晴らしい人ばかりで……
モモタローさんに人徳があればこそ、そのような人々が集うのでしょうね」
「確かに自慢の息子だが、そう褒められるとくすぐったいな。
君だって同じじゃないか。信者の人達はみんな君を慕っている。君の誠実で穏やかな人柄が自然と人を惹きつけるんだよ」
「それをおっしゃるならモンジさんもですよっっ」
なんとも平和で、すがすがしい会話なのだろう。
焙義と煎路、ロンヤに代わり、魔界から来たならず者の魔族を退治する時以外は、モンジは実に安楽な毎日を過ごしていた。
しかし、そんな日常が当たり前のように繰り返さると、モンジはどうしても自分を責めずにはいられなくなる。
(俺は、このまま平穏に暮らしていていいのか……!)と。
ところがある夕方、いつものように海を眺めるモンジの目に、明らかに異様な光景が飛びこんできた。
空を映す海の色が、あり得ない緑色に染まっていたのだ。
「これは……!!」
思わず仰いだ茫洋たる空は、何ら変わりない夕日の朱色だ。
もう一度海を見直してみると、さっきと違って海は空の朱色を反映しており、異様な緑色は消えていた。
(見間違いか? いや、そうじゃない。
あの色はあのお方の……
俺を呼んでおられるのだ……!)
モンジはひざまずき、握りしめた拳を眉間に押しつけた。
キラキラとひらめき、寸秒で消えた幻の、緑色の大海原。
その海原に一瞬、本当に一瞬だが、モンジは溺れていく息子モモタローの姿を見た。
「モモタロー……」
息子の身に、危機的状況が迫りつつあるのではないか……
足元から襲ってくる恐怖――
居ても立っても居られなくなったモンジに、もう迷いはなかった。
1ミリの迷いもなくなったモンジは魔界へ戻る決意を固め、そうなると、それからの段取り、行動は恐ろしく早かった。
翌日には人間界でやっておくべき全ての用事を一心不乱に片づけ、あれ程までに避け続けてきた己が生まれ故郷、魔界へと、工場裏の空地から早急に旅立ったのだ。
そして、魔界――
異世界に通じるパワースポットの駅に着いたモンジは、到着するや否や自らのジオードを慌ただしく消し去ると、休む間もなく魔界の天空にピンポイントで結界を張っていった。
荒くれ魔族どもが誰一人として人間界へ行けないよう、人間界へとつながるゲートをひとつ残らず封鎖したのだ。
魔界の空に結界を張るなど、強力な魔力を持っているというだけでは到底成し得ない絶技である。
果たして、モモタローの養父モンジは何者なのだろうか……
「さて。モモタロー達は今頃どこにいるか……」
血気盛んな若い息子たちの事だ。いつまでもパンブレッドに留まってはいないだろう。
あいにくこの日は、駅に勤める友人のビルは、休日のため居なかった。
モンジはとりあえず、パンブレッド行きの列車へと急いだ。
(パンブレッドか……)
生まれ育ったドリンガデス国には望郷の念を抱こうとしないモンジだったが、パンブレッド国のサンドヨッツ村には残しておきたい思い出がある。
雨上がりの路地で出会った幼いブレンドの少年モモタローと共に、モンジはサンドヨッツ村で自らの名を変え新しい人生をスタートさせた。
その村には、焙義、煎路兄弟と豆実、彼らの母親ベクセナや、パイ=サッガルとパイ=アップルダ母娘が住んでおり、時々ひょっこり顔を出す遊牧民の少年ヒロキは、モンジとモモタローの家でよく寝泊まりしていたものだ。
(……あいつらも、ずいぶんと成長したもんだ……)
パンブレッドが近くなるにつれ、列車の窓から望む風景は豊かな牧草地が多くなってくる。
モンジは感慨深げに頬をゆるめ、流れる景色を遠見した ~~~~~~~~~~~
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