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②
繁殖力はそう高くないが、そのかわり、一人一人の寿命は遥かに永い。
それが、魔族の共通点だ――
魔族はいくつかの種類に分類される。
獣などに姿を変える変身型の化け魔族、人為的に手を加えられた元々は人間の人造魔族、ヒーリングやテレパシーを得意とする癒しの魔族、その他もろもろ。。。
中でも最も一般的な魔族は、煎路たちが血を受け継いでいる「グラム」と呼ばれる芒星魔族で、彼らは火や水、土や風、光などをあやつる事に長けている。
ゆえに、魔力が強くその力を完璧に扱える者のみ対象として魔族に優劣を付けるなら、やはり芒星魔族が最強だと言えるだろう。
ただ、忘れてはならないのが、古より魔界人や人間、天界人らの生き血を喰らい生きながらえてきた吸血魔族……俗に云う、吸血鬼だ。
彼らは、力量は確かだが太陽光が天敵で日の当たらない場所でしか活動できないという最大の弱点があり、
そのため、特にハンデがなく能力も豊富な芒星魔族と比べると、魔族としてのグレードは劣っているとみなされていた。
悠久の歴史を持ち、由緒ある貴族が多くプライドの塊みたいな彼らにしてみれば、屈辱以外の何ものでもないランク付けだ。
「フフッ。ここ最近、“グラム”の連中が色めき立ってきたようだわね」
高級マンションの屋上――
黒みを帯びたホルターネックの赤いドレスとブロンドの長い髪を風に泳がせ、吸血魔族の女は口元の牙を怪しく光らせた。
吸血魔族は芒星魔族と違い、魔力の強さや感情に関係なく誰しも常に牙が生えている。獲物に噛みつき、生きる糧となる血を吸いとるためだ。
「今宵の月は地味だけれどエロティックだわ。
密会する相手を間違えたわねぇ」
吸血一族特有の、血管が浮き出そうなまでに蒼白い氷のように冷たく薄い肌を、女は月光にかざした。
「レディ・ボーデヌ」
女は、そう呼ばれている。
今は亡きボーデヌ公爵の未亡人で、旧姓はコールマン。
悪名とどろくコールマン伯爵家三姉妹の長女、シャイアッドだ。
妹はジュワイアンソ=コールマンと、ジャイルント=コールマン。
この三姉妹はいずれも血も涙もない冷酷な性格で、その残忍な鬼女ぶりは三人そろって顔の相にハッキリと出ていた。
他にも、ゾッとするような凄艶さや男好きの性分にいたるまで、
まるで三つ子のように三人の類似点は多く、姉妹仲も決して悪くはなかった。
「相手がわしでは不満のようだな」
シャイアッドの背後に現れた密会相手。
その男は、アッロマーヌ軍の司令官、イアン=イワンだった。
ほの暗い月夜に、イアンの鼻の穴、頬、額の、
縦に並んだ大中小三つのハートが浮かび上がっている。
額と頬のハートは月の光に照らされ、ピンクゴールドに艶めいている。
「あらやだ。不満だなんて言ってないでしょう?
あなたを目にすればするほど恋愛成就に近づけるんですもの。
そのためならいくらだって会うわよ? ただし、1億回限定でね」
シャイアッドは美しいパープルの目で、イアンに流し目をくれる。
「わしはラッキーアイテムではないぞ。
よしんば本当のラッキーアイテムがあったとしても、おぬしの願いが叶えられる事はないだろうな、シャイアッド。
フン、男を見る目がなさすぎるわ」
イアンはムッとした表情で、心ないセリフを吐き捨てた。
「まあひどい。
あなたを好きになるよりはずっとマシな目だと思うけど?」
「いいか、よく聞け。
“奴”は王女に忠実なふりをして、その実メッセンキャル王家に反旗をひるがえそうと水面下では奸策を弄しているのだ。
己の目的を果たすためならいかなる手段も選びはしまい。
そういう男なのだ……!」
「はいはい。言われなくても分かってるわよ。
だから私はこうしてあなたと手を組んでるんじゃない。
でもね、将軍。逆賊はあなた達の方ではなくて?」
「なに……?」
イアンは眉間に大じわを寄せ、黄色い目を黄土色に濁らせてシャイアッドをにらみつけた。
「そんな怖い顔しなさんな。せっかくの可愛いハートが全部だいなしよ?
それに私はあなたみたいな奸佞邪知な人、嫌いじゃないわ。
さっきも言ったけれど、だから私はあなたに協力してるのよ? 戦闘部隊の陣督殿ではなく……ね?」
「……」
苦虫を嚙みつぶしたような顔になっているイアンを尻目にかけ、
シャイアッドは両腕から背中にかけて上半身の一部を、飛膜の翼へと変化させた。
「お望み通り、いろいろ偵察してきてあげるわ。
こればっかりは、あなた達上級の“グラム”にもマネは出来ないでしょうからねぇ」
吸血一族が持つ、空を自在に飛べる能力。
シャイアッドはこれ見よがしに、バタフライスリーブのような大きな翼を広げたり、折りたたんだりを繰り返す。
「何をしている。行くならさっさと行かぬか」
「あら。命令するつもり? まさか見下しているの?」
「そんなつもりはない。いちいち突っかかるな」
「……まあいいわ。なんだか不愉快だしすっごく退屈。
せっかくの気分を壊される前にそろそろ行くわ。
じゃあねぇ~、ラブ将軍」
翼の先にある手でイアンに皮肉の投げキッスを送ると、シャイアッドはマンションの屋上から夜の闇へ向け力強く飛び立った。
シャイアッドの蒼白い肌と金髪が、月に照り映える。
吸血魔族の美女が飛翔する面妖な姿は、まるでミステリアスな美の絵画のようだ。
「吸血鬼めが……
誰が“ラブ将軍”じゃ」
夜陰にまぎれ飛び去ったシャイアッドを不満げな視線で見送ると、イアンは険しい顔つきのまま屋上から階段を下りて行った。
愛の象徴とされているハート型の頭の中に、決してピュアではないドロドロにまみれた悪策を溜めこんで……
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