「現実は、サスペンスドラマより奇なり」

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「現実は、サスペンスドラマより奇なり」

 ひゅうひゅうと、うず巻く強風が吹きつける切り立った(がけ)の上。  そこに、ほんの数分前、運命的な再会を果たしたばかりの若い男女が向かい合い、見つめ合って立っている。  女は、ブラッドストーンの石が付いた純金製の鼻ピアスを手の平に乗せ、男にそれを差し出し何やら確認させている。  男は女の手の平をのぞき込み“何か”を確かめるとみるみる血相(けっそう)を変え、いきなり女から鼻ピアスを取り上げようとしている。  しかし、女は男の行動をよんでいたかのごとくピアスを素早く(にぎ)りしめ、サッと手を引っこめる。  男もすかさず腕を突き出し女が引っこめた手をつかもうとしたが、女は「死んでも渡すまい」と言わんばかりに大きく後ずさり、身構えている。  ――まるで、真犯人と相対(あいたい)するサスペンスドラマ、クライマックスさながらの緊迫(きんぱく)感だ。 「それ以上、近寄らないで! 大声出すわよ!」 「フン。こんな場所で大声を出したところで誰にも聞こえぬわ。あきらめて“そいつ”をよこすんだな」 「アンタ自分の立場がまだ分かってないようね。あたしが“コレ”を崖下に投げ捨てるのはとっても簡単なことなのよ?  いいの? こんな小さな物、どうしたって探し出せやしないわよ?  いつか別の誰かが“コレ”を拾って記録されてる全てを聞いてしまったら……間違いなくアンタはおしまいよっ」 「ずいぶんと甘くみられたものだな。  好きにするが良い。  貴様の手から“そいつ”が離れた瞬間、魔力をもって我が手に奪ってくれようぞ」 「……そうくると(さっ)していたわ。  だったら、あたしが録音のコピーをどこかに隠していたとしたらどおかしら?」 「な、なに……!?」 「そっちこそあたしを甘くみていたようね。  保険もかけずにこんな危険な交渉(こうしょう)に来るはずがないでしょう?」 「ク、クソッ……! このオレンジ小娘めが……!」  男はギリリと、歯がみした。 「やっと分かったようね、王子さま? ニックネームじゃなくてまさかアンタみたいなのが本当に王子だったとは、にわかには信じられなかったけどぉ~」  勝ち(ほこ)ったようにニヤリと笑うこの女は、クオチュアの里の男爵(だんしゃく)令嬢(れいじょう)、マリアンヌ=ジョプレールだった。  そして、女の前で歯をこすり合わせて(くや)しがる男は、ドリンガデス国の第一王子、ギリザンジェロ=ガフェルズだ。 「小娘……この俺を(おど)すとはいい度胸(どきょう)だ……!  貴様の目的は何だっ。(かね)かっ?」 「か、金ですって……!?」 「あのような厩舎(きゅうしゃ)ごとき自慢(じまん)していたばかりか、俺に覚えさせようとまでしていたくらいだからな。よほど金に困っているのであろう。  小娘よ。このようにさもしい行為(こうい)をせずとも、おとなしく“ソレ”を渡すなら事情次第では(なさ)けをかけてやらぬでもないぞ」 「お、お金なんかいらないわよっっ!!  たかだかお金欲しさにこんなヤバイ橋渡ってるワケじゃないわ!!」 「だったら何が目的だ!! じらさずにさっさと申さぬか!!    忌々(いまいま)しいオレンジ小娘が!!」 「小娘小娘うるさいわねっ! あたしはマリアンヌ=ジョプレール! ジョプレール男爵の娘よっっ!!」 「……男爵だと……!?」  互いに大声を張り上げ言い合っていた二人だが、ギリザンジェロが声を詰まらせしばらく考えこむと、 「な、なによ……? なに急に黙りこんでんのよ?」  マリアンヌは拍子(ひょうし)ぬけすると同時に、戸惑った。 「ちょっと! なんとか答えなさいよ!?」 「いや……男爵とその令嬢にはこれまでさんざん()うてきたが、なにゆえ貴様とは面識(めんしき)がなかったのか……」 「なんだ、そんなこと?  ……それは、あたし達が地方の貴族だからでしょう?」  マリアンヌは不愉快(ふゆかい)そうに、ふくれっ(つら)になりつぶやいた。 「下流(かりゅう)貴族ということか?」 「アンタ達からすればそうなんでしょうね。  でも言っときますけど、贅沢(ぜいたく)三昧(ざんまい)しか(のう)がないパーティー大好物の下品な上流(じょうりゅう)貴族なんかより、あたし達田舎(いなか)貴族の方がよっぽど(つつ)ましくて誇り高いのよ?  少なくともジョプレール家(あたしんち)はパパを始めみんな熱心な節約家だわ。  分かる? 節約は立派な美徳(びとく)なのよ?」 「節約……」  その単語は、ギリザンジェロの人生には無縁(むえん)に近いものだった。 「小娘……もとい、マリアンヌよ。  貴様の目当てが金ではなく、誇り高き男爵令嬢であると申すならますます理解に苦しむわ。  “そいつ”を(たて)に俺様を脅し、いったいどうしてほしいのだ」 「公衆の面前(めんぜん)であたしんちを厩舎だなんてあれだけの(はじ)をかかせたんですもの。  みんなの前であたしに(ひざまず)きあやまってもらいたいわ。  と、言いたいところだけれど……  さすがに天下(てんか)の第一王子にそこまではさせるのは(おそ)れ多いわね」 「王子(おれさま)脅迫(きょうはく)する方がよっぽど畏れ多いわっっ!!」 「だから他に胸スカする方法を思案(しあん)して、ようやく思いついたのよ」 「……それは何だ……?」  グッと眉根(まゆね)を寄せるギリザンジェロを見すえ、マリアンヌは再びニヤリと笑った。
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