「現実は、サスペンスドラマより奇なり」

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 煎路(せんじ)とシモーネの行き先は、かすかな残り香を()ぐギンギンの優秀な鼻と、里一番の権力者、ジョプレール男爵の娘であるマリアンヌの“顔”に頼るよりほかなかった。  同級生(シモーネ)を心配するふりをしてマリアンヌが衛兵に(たず)ねれば、だいたいの捜査(そうさ)過程(かてい)を知る事ができたのだ。  その結果、ギリザンジェロとマリアンヌは北の方角にあるブアイスディーの街を目指し、それぞれの魔馬のスピードをぐんぐん上げて進んで行った。 「おい、暗くなってきたぞ。今宵(こよい)はこの辺で一等級の百星(ひゃくぼし)ホテルを探すとしよう」  ある街に差しかかるとギリザンジェロはギンギンの足を止め、周りの建物を見回した。 「ホ、ホテルですって!? それも百星のっっ!?」 「ハハッ。このようなド田舎ではせいぜい二十(にじゅう)(ぼし)ホテルが限界だろうがな」 「ダメッ!! そんな贅沢ぜったいダメよ!!」 「は……?」 「これくらいの寒さならまだまだ野宿(のじゅく)できるレベルだわ。これからうんと北の方へ行った時はイヤでも宿代(やどだい)が必要になるんだからここは節約しておくべきよっ!」 「の、野宿だとっっ……!?」 「そのためにちゃーんと野宿セット持ってきてあるんだから。寝袋(ねぶくろ)も入ってあるわ。  安心なさい。アンタの分も持ってきてあげたわよ」  マリアンヌは、自分の後ろに乗せくくりつけてある大きな荷物を(かえり)みた。 「ほざけっ! 野宿などせずとも金ならある! この俺に蓑虫(みのむし)のごときマネをさせるつもりか!!」 「わざわざうちの使用人に用意させたんだからありがたく思いなさいよっ。  急だったけどアンタのサイズに合うのがひとつだけあったの。良かったわ。  横領(おうりょう)が発覚してパパがクビにした(もと)執事(しつじ)(もん)()しになってのたれ死にした時に使ってたいわくつきの寝袋なんだけどね」 「のぉぉぉぉぉ――――っっっっ!!!!」  ギリザンジェロは頭を(かか)え、絶叫(ぜっきょう)した。  しかし、それでもやはりマリアンヌにはさからえぬまま、街の外れにある雑木(ぞうき)(ばやし)で彼女と二人、木にもたれかかり座りこんでいた。  二人で拾い集めた落ち葉や小枝(こえだ)木片(もくへん)の小山。  防寒(ぼうかん)のためのストールを羽織(はお)り、マリアンヌはその小山を手で(おお)うと、魔力で火を起こして()き火をこしらえた。  葉っぱや木がパチパチと燃える音は、火の暖かさ以上に疲れた身体と心を()やしてくれる。 「おなかがすいたわね。今夜はコレをいただきましょう」  野宿セットの中から(かん)を二つ取り出し、マリアンヌはひとつの缶をギリザンジェロに渡した。  中身は非常食ビスケットみたいなものだ。  貴族でありながら、マリアンヌはどこまでもケチだった。 「……その(ほう)、なにゆえシモーネを目の(かたき)にしておるのだ」 「はあ? なによ、唐突(とうとつ)ね」  ギリザンジェロから不意打ちで問われ、マリアンヌは食べようとしていたビスケットを唇に当てたままほんの少し考えた。 「そうねぇ。あの()の自信なさそうなモジモジしたところが神経(さか)()でされる感じで(かん)にさわるのかしら」 「そこがあの者の良いところではないか。俺にとっては新鮮(しんせん)だったぞ。  それとも何か? シモーネの愛らしさに嫉妬(しっと)しているのか?」 「バカ言わないでっ。  昔からシモーネなんかよりあたしの方がずっとモテるんだからっ!」 「そうは思えぬが」 「アンタの趣味が悪いだけよっっ」  マリアンヌは目角(めかど)を立て、ビスケットを口の中に放りこんだ。 「今度はあたしがきく番よ。  ねえ、そもそもアンタをこんな目に合わせたのは誰なの?」 「き、貴様ではないかっっ!!」 「違うわよ。あたしはアンタを録音機で脅しただけ。  それよりもっとひどいのは録音機を鼻ピアスに仕込んだ奴じゃないの? 心当たりはある?  『未来の王妃』って何者なのよ」 「文字通り、俺の婚約者(フィアンセ)だ」 「えっ!? アンタなんかに婚約者(フィアンセ)がいたのっ!? かわいそっっ」 「可哀想(かわいそう)とはどっちがだ」 「婚約者(フィアンセ)の方に決まってるでしょ?  あ、だけど……もし録音機を仕込んだのがその女なら、アンタの方が気の毒かもね」 「……疑わしきは婚約者(こんやくしゃ)であるキャヴァを含め、三人いる。  一人は俺の愚弟(ぐてい)、そしてもう一人は母上だ」 「どんな家庭環境で育ったのよ、アンタ……」 「愚弟は俺を王位継承権から外すことしか脳がない。母は母で俺が他の女になびかぬよう常に目を光らせている。  母自身が俺の妻とするべく城へ呼び寄せたキャヴァのためにな」 「なんだか複雑なのねぇ~。王家になんて生まれるもんじゃないわよね。  それはそうと……婚約者の名前『キャヴァ』って言った? 『ラズベリー』じゃなくて??」 「き、貴様っっ!! なぜそれをっっ!!」  マリアンヌが発したその名前、心を寄せるラズベリーの名を耳にしたギリザンジェロは驚愕(きょうがく)のあまり、激しい動揺(どうよう)を隠せなかった。 「録音機で聞いたわ。 『おお~、愛しのラズベリー』なんてホント気持ち悪いったら。  婚約者(フィアンセ)がいながらシモーネだけでなく別の女のことまで毎夜(まいよ)想うなんて、王子さまもお(さか)んねぇ」 「……お前という奴は……まこと口の悪い無神経な小娘だ……」  愛して()まないラズベリーへの恋心に触れられ、そのうえラズベリーへの純愛をからかわれ、ギリザンジェロは(いきどお)りながらもショックの方が勝り、これまでのように声を荒げて言い合う気力すら失っていた。 「最後にもうひとつだけいい?  シモーネを奪ってったブレンドはどおゆう男なの?   サトナシ祭の魔馬レースを録画で見たわ。あの対抗(たいこう)魔馬を連れてきたオレンジの(たね)の男……あいつなんでしょう?」 「……身のほど知らずの下等(かとう)生物(せいぶつ)、それだけだ……」  マリアンヌが話に出した事により、ギリザンジェロは業腹(ごうはら)きわまりないギンギンと挑戦魔馬のレースを振り返った。 (勝利したものの実に腹立たしいレースであった。  ブレンドのオレンジといい、今まさに隣りでけたたましくわめき立てるオレンジ小娘といい……  どうにも俺にはオレンジ色がアンラッキーカラーのようだな。  しかしつくづく悔やまれるのは、あのブレンドを人間界で始末しておけば、最悪な現状には至らなかったという事だ……)  ギリザンジェロの鬱積(うっせき)した感情は、人間界で煎路らと初めて会った時にまでさかのぼっていた。 (そういえば……オレンジ野郎には兄弟らしき仲間が二人いたな。  あの者たちも魔界に来ているのだろうか?  だとしたら奴らもグルなのか?  俺とドラジャロシーに刀を飛ばしてきた男はやたら(えら)そうだった記憶がある。  あのスカした感じ、誰かに似ていたような……)  なんとなしに焙義(ばいぎ)の事を思い浮かべていたギリザンジェロだったが―― 「ハッ」と、  何かの気配を感じ取り、先の方に立ち並ぶ木々に視線を送った。 「あ、そうだっ。最後の最後にもうひとつだけっ。あの鼻ピアスって婚約者(フィアンセ)からの贈り物なんでしょう?  アンタ鼻ピアスなんてするのぉ??」  何も感じ取っていないマリアンヌは質問を続けるが、ギリザンジェロは沈黙し、若干(じゃっかん)眉をひそめて重なり合った木々の向こう側に注意を払った。 「ねえっ。聞いてんのっ? 目ぇあけたまんまで眠っちゃったワケ??」 「……」  木の(かげ)に複数の人影をとらえ、ギリザンジェロはそこに焦点(しょうてん)をしぼり無言をつらぬいた。 「なによ、ボォ~ッとして。  まあいいわ。今日は旅の初日だし疲れてるわよね。  もう休みましょ。寝袋を出すから待ってなさいよ」  そばに置いてある荷物を取りに、マリアンヌが腰を上げた時だった。 「うおりゃあぁぁぁぁぁ――――――!!!!」  突然、木々の陰に(しの)んでいた男たちが咆哮(ほうこう)し、刀や剣を手に勢いよく飛び出して来た。 「や、やだっっ!! なにっっ!?」  四人の見知らぬ男たちが凶器(きょうき)を振り上げ、ものすごい形相(ぎょうそう)で走って来る。  マリアンヌは驚きと恐怖でパニックになり、もたれていた木にとっさに抱きつき身を(ちぢ)めた。  そんなマリアンヌに、先頭(せんとう)の男が(やいば)を振り下ろそうとする。 「キャアァァァァァ――――ッッ!!」  夜空を切り裂くようなマリアンヌの悲鳴が、雑木林にこだました。
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