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「クッペが言った通り、あったぞ! あれが人形の店だ!」
焙義、ロンヤ、モモタロー、ヒロキの四人は、急遽予定を変更して北の街、ブアイスディーに来ていた。
四人は目的の古い人形店を見つけるや、とるものもとりあえず慌ただしく走り出す。
人通りの多い街中では、魔馬より自分たちの足の方が速い。
あらかじめ三頭の魔馬を駅の杭につないでおき、彼らは商店街で、ある人形店を探していた。
そしてその人形店を発見するや、四人そろって猛ダッシュした。
――さて。
サトナシの里方面に向かっていた焙義たち四人が、急にブアイスディーにやって来た理由は何なのか。
なぜ、人形店めがけて全速力で走っているのか。
それは、クッペから突如送られてきたメッセージのせいだった。
~~~~~~~~~~
「焙義!! 大変ップ!! 煎路の身に大変なことがおきてるップよ!!」
脳に届いたクッペの声は、小刻みに震えていた。
クッペの話では、得体の知れない大きな力が煎路を襲い、その瞬間、クッペの脳裏には闇の渦にのみこまれていく煎路の姿が鮮明に映し出されたのだとか……
「クッペには煎路が今どこに居るのかが分かるップよ! こんなことは初めてップ!
これまでは、煎路がクッペのテレパシーを受け入れないかぎり居場所の特定なんかできなかったップのに!!」
そう戸惑いつつ、クッペが焙義たちに伝えた煎路の居所は、ブアイスディーの街にある古い人形店だった。
~~~~~~~~~~
「この店に違いないよ、焙義クン!」
「だけどホントに、人形屋なんかに煎路が居るのかぁ??」
「店のご主人だろうか? それと奥さんらしきご婦人が一人……中には二人だけのようだよ?」
モモタローとヒロキは、ガラス張りの扉の前に立ち、外から店内の様子を確かめた。
「とにかく、中へ入ってみるしかないだろ」
焙義が二人の間に入り、扉のノブに手をかけようとした時だった。
「ば、焙義……さん……」
後ろから、ロンヤの弱々しい声音が聞こえてきた。
三人が振り向くと、ロンヤはすぐ横のショーウィンドウに視線を定め、顔も全身もこわばらせているではないか。
「……どうした? ロンヤ」
焙義、モモタロー、ヒロキ三人は、ロンヤが視線を離そうとしないショーウィンドウへと目をやった。
そして直後、三人は目をまるまると見開き、驚愕の声を同時に張り上げた。
「――煎路――っっ!?」
ショーウィンドウには、煎路と同じ髪の色、煎路と同じ目の色の、煎路と同じ服を着た、全然かわいくない男の子の人形が座っていた。
まさか……
信じられない――
顔や身体のブヨブヨ感とでっぷり感は煎路とは似ても似つかないが、
身に着けている物は上から下まで煎路そのものだ。
カラフルな唇の柄が並んだ奇抜な上衣は特に、
他にも、服の生地やデザイン、色、足袋に至るまで、これ程までに煎路と同じ装いの人形など存在するはずもなく、
そもそも、こんな妙な服を人形に着せる訳がない。
目の前にある人形は、煎路本人だと断定するよりほか、考えようがなかった。
「……煎路……!!」
焙義はショーウィンドウに近づき、思わずガラスに手を押し当てた。
弟との再会が、よもやこんな、予想もしない現実離れした形になろうとは……
「……ウソだろ……煎路……」
人形に呼びかける焙義の目が、涙でわずかに潤む。
久しぶりに会った、変わり果てた弟の姿を目の当たりにして、さすがの焙義も冷静ではいられなかったのだ。
ガラスの障壁――
店の中に入れば簡単に手が届くけれど、今この場で兄弟の間にある透明の壁はあまりにも、
あまりにも残酷なものだった。
〔……アニキ……!!〕
人形の方もまた、ガラスの厚い隔たりに負けじと、焙義に力強く呼びかけた。
もちろん声にはなっていないが、人形の目は焙義を熟視し、必死で話しかけようとしている。
やはり間違いなく、この人形は煎路なのだ。
人形になった煎路は山で拾われた後、人形店に連れて来られた。
人形店のショーウィンドウに飾られたその時、ガラスに映った自分を見て、煎路は初めて魔女の魔法にかけられたのだと知ったのだ。
自由に身体を動かせず、声を出す事すらかなわない。
それからはずっと、ただガラス越しに表の通りを眺め、自分の正体に気付いてくれる者を求めてひたすら念じ続けていた。
念じても念じても一部の子供以外誰にも気付いてはもらえなかったが、愛すべき乙女たちの美しき唇の数々を目にする度にほとんど執念で目の玉だけは動かせるようになり、
やがて、いやらしい想像を繰り返してニタつく度に今度は頬の筋肉をも動かせるようになっていた。
〔アニキ、みんな、なんでここに……?
そおいや、いつだったかクッペの声が聞こえてきたような……
そうか。それでみんな駆けつけてくれたのか……
好き勝手ばっかやってた俺を見捨てずに、みんなで助けに来てくれたんだよな?
アニキ。目がウルッてるぜ。こんな俺のために泣きそうになってんのか……? あのアニキがよ……〕
煎路は、これまでの身勝手な己の言動を恥じ、心底から後悔した。
何より、兄と仲間たちのゆるぎない愛情、友情に死ぬほど感動し、感謝した。
特に兄には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
常に「だんまりエロ」だの「黙秘エロ」だのとあらぬ疑いをかけ猜疑心をつのらせてきたのだから。
〔ごめんな、アニキ……
けどよ、やっぱアニキはアニキだぜ。
そうだよな。俺たち、何があろうとどうなろうと、いつだって兄弟だも〕
「ブハッ!!」
「ブワ―ッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
「ギャ―ッハッハッハッハッハッハッハ――ッッ!!」
突然、煎路の内なる声をさえぎり複数人の大爆笑がわき起こった。
〔……え……?〕
何人もの激しい笑い声の振動は、窓ガラスを割ってしまいそうな勢いだ。
「ヒィ~、ヒィ~。ああ~、死ぬっっ。たまんねえっっ。みんなどんだけ笑ってんだよっっ!!」
「ヒ、ヒロキッ。そおゆう君が1番、笑いすぎて顔面崩壊してるじゃないかっっ!!」
「崩壊してんのは煎路の方だぜっっ。なんだよ、この……ヒャヒャッッ!! きしょくわりぃ! きしょっ、きしょぉ――っっ!!」
「じ、自分も……煎路さんには悪いけど……笑いが止まら……
プハッ!! おなかと背中が……ねじれて痛い……!!」
「大丈夫か、ロンヤ。実は俺もおかしくて涙が止まらねえっ」
〔……〕
煎路は、愕然とした。
爆笑のどよめきを起こしていたのは、あろう事か兄の焙義と弟分のロンヤ、親友のモモタローとヒロキたちだった。
でっぷりブヨブヨの男の子人形になっている煎路を正視し、誰もが笑いをこらえきれなかったのだ。
腹をゆすってけたたましく哄笑する彼らを、人形の煎路はうらめしそうに黙視する。
〔……こ、こいつら……〕
スケベ心から鍛えられた煎路の頬の筋肉がピクピクと小さく痙攣し、オレンジ色の目は四人を精一杯ねめつけている。
「およ? 煎路ひょっとしてキレてんのかぁ? なんか顔引きつってんぞ?」
「煎路さん……怒ってる……」
「みんながバカ笑いするからだよ」
「とりあえず買うしかねえな。いくらだ?」
四人は値札をのぞき込み、さらに近くなった人形煎路を間近でガン見するや、これまたこらえきれずに再び吹き出し大爆笑した。
そうでなくても面白い人形煎路の顔が、若干挑戦的なプンプン顔に変化しており面白度をますます上げている。
「ブワ―ッハッハッハッハッ!!!!」
「ヒャ―ッハッハッハッハッ!! ヒィ〜、ヒィ〜」
――こうして、彼らが完全に笑い止み、店主夫妻をねぎり倒して無料同然の人形煎路を売値よりさらに安く買い取るまでに、
それはそれは長い長~い時間がかかったのであった。。。
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