「ザ・ぼうや 〜人形青年の輩〜」

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 ゴロゴロゴロゴロ……  豆実とアップルダのトランクの車輪が、止まる事なく音を鳴らしている。  片側は背の高い草木の(やぶ)、反対側は(がけ)になっている比較(ひかく)(はば)の広い山道を、二人は休まずに(のぼ)っていた。 「まあまあ歩いたけどさ、なかなか建物らしきもんが見えてこないねぇ」 「細道へ行った方がよかったのかしら。ちゃんとお店の人にきいておくべきだったわ……」 「もっかい戻ってきいてみよっか」 「……そうねぇ……」  空はまだ青い。  だが、魔界の一日は短い。  あっと言う間に日が落ちてしまう。  暗くなった知らない田舎の山で途方(とほう)に暮れてしまう前に、豆実は先ほどの店にとって返す事を決めた。 「お店に戻りましょ、プルダちゃん」  上がってきた坂道を振り返った豆実だったが、 「……!!」  目に飛びこんできた恐ろしい光景に、一瞬にして言葉を失った。 「どうしたんだい? 豆ネ……」  同じく振り返ったアップルダもまた、とたんに言葉をなくす。  振り返った二人の視線の先には、野蛮(やばん)そうな男が三人、魔馬の上から剣の刃先(はさき)をこちらに向け並んでいた。  ――山賊(さんぞく)だ――  片側の藪の中から現れたのだろう。 「お嬢ちゃん達。悪いことは言わねえ。有金(ありがね)全部こっちによこしな。  言う通りにしねえと、二度とおしゃべり出来なくなっちまうぜ?」  そう言いながら、真ん中の男が魔馬から下り、二人に歩み寄って来た。  豆実はとっさにアップルダの前に立ち、アップルダを守ろうとする。 「豆ネェ……!!」 「お金は渡すわ。だから剣をしまって!!」  豆実はかすかに震えつつ、それでも男を見すえキッパリと言い放った。 「へえ~。見た目より気が(つえ)えんだな。さっさと(かね)出しゃ手荒なマネはしねえよ」  男は肩で笑い、剣の刃先を地面に下ろした。  豆実は男の行動を警戒(けいかい)しながらゆっくりと地に(ひざ)をつき、トランクを寝かせてそっと(ひら)いた。 「いいか。有金全部だ。  ごまかしやがったらガキだろうと(たた)()るぞ」 「……」  旅に出る時、サッガルから受け取ったお金がトランクの中にある。  豆実はそのお金が入った封筒を取り出し、トランクを閉めた。  封筒を持つ手に力が込められ、豆実はゆるく涙目になる。  怖くて涙ぐんでいるんじゃない。  サッガルとベクセナの真心(まごころ)を思うと、こんな山賊たちに大事なお金を渡してしまう事が悔しくてならなかった。 (たとえかなわなくても、いちかばちか魔力で抵抗(ていこう)してみる……?  ううん、ダメよ。彼らにはきっと他にも仲間がいるはず。だいいち、魔馬に乗ってる彼らから逃げきれやしないわ……  私だけならまだしも、プルダちゃんを危険な目に合わせるワケにはいかないもの)  ここはおとなしくお金を渡すしかないのだと、豆実は観念(かんねん)して腰を上げた。  ところが…… 「豆ネェ……二人一緒に魔力を出してやろうよ」  背後から、アップルダが豆実に耳打ちした。 「……プルダちゃん……」 「このまま奴らの言いなりになるなんて、ぼくは絶対ごめんだよっ」  小声ながらも力のある、アップルダの強気な発言。  当然、観念しようとしていた豆実の決心も揺らぎ、トランクの持ち手をグッと(にぎ)りしめたのだが…… 「なにゴチャゴチャだべってやがる! 殺されてえのか!!」  金を渡すのをしぶっている豆実にいら立ち、男は声を荒げて剣を突きつけてきた。 「ま、待って! 今……」  豆実が男に封筒を差し出し、男がそれを手にしようとした瞬間―― 「ええいっっ!! くらえっっ!!」  アップルダは両手を前に突き出すや、男たちめがけてありったけの魔力を噴出(ふんしゅつ)した。 「ぬおっっ!!」「ぐあっっっ!!!」  アップルダの魔力は男らそれぞれの顔面を直撃し、彼らは思わず目をつぶり腕で顔を(おお)う。  その(すき)にアップルダは、 「豆ネェ! お金しまって!! トランク立てらせてしっかり持ってな!!  離すなよ!!」  と叫ぶや、自分のトランクの上に飛び乗った。  豆実は言われるがまま(あわ)てて封筒をふところに入れ、寝かせていたトランクを立てらせた。  するとアップルダは、トランクを持っていない方の豆実の手首をガッとつかみ、自らが乗るトランクをスケートボードのように足で器用に扱いながら山賊どもの間を素早くすり抜け、  つい今しがたまで(のぼ)り坂だった山道を追い風を利用して猛スピードで(すべ)り下りて行った。 「プ、プルダちゃん!!」  アップルダに手首をつかまれものすごい力で引っぱられ、豆実の両足は宙に浮く。  ゴゴゴゴゴゴゴゴと(にぶ)い音をたて、二つのトランクが車輪に火花を散らせながら転がり続ける。  それにしても、アップルダの見上げた度胸(どきょう)火事場(かじば)馬鹿(ばか)(ぢから)驚異(きょうい)的なバランス感覚には度肝(どぎも)を抜かれる。  ひるむ事なく決死の逃走に(いど)み、  自分だけならまだしも豆実を片手で引っぱりながら、  安定感のないトランクをスケートボード代わりに絶妙(ぜつみょう)なバランスを(たも)ちつつ、ビュービューと風をきり(くだ)り坂を滑走(かっそう)しているのだ。 「クソガキが!! 逃がしゃしねえぞ!!」  むろん、山賊三人は魔馬を走らせ猛追(もうつい)してくる。 「プルダちゃん! 追いつかれるわ!!」 「どうにか山を下りられれば逃げきれる!!」  追ってくる山賊との距離は気になるが、アップルダはただ進行方向だけを見つめていた。  そろそろ、さっきの店が近くなる。  だが、アップルダは店に助けを求める手段(しゅだん)()けるつもりでいた。  関係のない店主や客人を、巻きぞえにしたくはなかったのだ。 「ややっ!? なんだっ!? あれは!?」  トランクを(たく)みに(あやつ)り突っ切って行くアップルダの視界に、行く手をさえぎる黒いかたまりが(うつ)りこんだ。 「……もしかして……!!」  アップルダの悪い予感は的中した。  二人の行く手をさえぎったのは、黒い魔馬にまたがった(くろ)装束(しょうぞく)の、山賊の仲間たちだった。  キキキキキキキキキキ――――ッッ!!!!  アップルダがトランクを止めるより先に、トランクのキャスターが限界の悲鳴を上げて壊れ、車輪ごと吹っ飛んでしまった。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!」 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ―――――!!!!」  豆実とアップルダも悲鳴を上げ、立ちふさがる山賊たちの目前(もくぜん)で落下した。
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