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「うううううう……」
「プ、プルダちゃん、大丈夫……?」
「豆ネェこそ……」
二人は起き上がり、地面に座った状態で寄りそい合う。
その後ろでは、猛追していた三人の山賊らがようやく追いつき、魔馬を停止させていた。
「て、てこずらせやがって!! この小娘どもが!!」
豆実から金を受け取ろうとしていた山賊の男は激高し、魔馬から飛び下りるや剣を高く振り上げ二人をまとめて斬り殺そうとした。
「ギャッ…!!」
アップルダは頭を抱えてうずくまる。
「プルダちゃん!!」
アップルダの丸まった身体をかばうように上からガバッと抱きしめ、豆実は歯をくいしばった。
が、剣を振り下ろしかけていた男の手はーー
「殺すんじゃないよ!! この単細胞が!!」
黒いかたまりから投げかけられた厳しい言葉により、ギリギリ制止した。
「お、お頭……」
男を止めたのは、待ち構えていた黒装束集団の中の一人、山賊の首領だった。
「殺しちまったら金にならんだろうがっ。久々の上等なカモだってのにさ」
山賊の首領は下馬すると、じわり、じわりと豆実たち二人につめ寄り、その場にかがみ込んだ。
「お嬢ちゃん達、面見せな」
どこか違和感のある首領の声を耳にし、豆実とアップルダは恐る恐る頭を上げた。
――女だ。
意外にも山賊の首領は、長い黒髪の中年の女だった。
「そ、その顔……どこかで……」
しかも首領の顔は、二人が見覚えのある顔だった。
「ま、豆ネェ……! コイツ、あ、あの店の……あの店の女主人だよ……!!」
「……ええ……」
豆実も気づいていた。
そう。二人が立ち寄った飲食店の、高齢の女店主だ。
彼女は実は、変装した山賊の首領だったのだ。
「店でちっとは品定めしていたが……あたしが目をつけただけの事はあるね。
こうしてよくよく拝んでも、どっちも高値で売れそうないい面してんじゃないのさ」
「……それじゃあ、初めから私たちを……」
「ああ、そうさ。この山はあたしの縄張りだからね。のこのこやって来たお前たちがおバカさんなんだよ?」
首領はクスクスと笑いながら豆実の頬にナイフを当て、豆実のふところから金の入った封筒をスッと抜きとった。
「おや?」
封筒を抜きとった際、首領はふと、豆実の胸元に“ある物”のきらめきをとらえた。
本物を小型化したような、リアルな剣のペンダントだ。
柄の部分には、ユーディアライトの石が埋めこまれてる。
「ぶったまげたねぇ~! こんな小娘が、えらいもんぶら下げてんじゃないか!」
高揚して声を上ずらせ、首領は豆実の首に掛けられた大切なペンダントをムリヤリ奪い取った。
「な、何するの!? 返してっっ。それは私の宝物よ!!
それだけは殺されたって誰にも渡さないわ!!」
豆実はペンダントを取り返そうと夢中で首領に飛びかかったが逆に突き飛ばされ、あげく山賊の男にアップルダを人質にとられてしまい、にっちもさっちもいかなくなった。
「殺されたって? フン。死んじまったらお宝なんか必要ないだろうに。
それはそうと、こいつは大変な値でさばけるよ。ご立派な石じゃないのさ……」
光り輝く、赤紫色の石。
首領は女性の一面をのぞかせ、美しい石に惚れぼれと見入っていた。
「やいっ! 悪党!!
アンタが作ったジュース、イマイチだったけどおいしかったって褒めてやったのになんでこんなひどい仕打ちするんだっっ!!」
男に後ろから羽交いじめにされながらも、アップルダは両足をバタつかせ首領に食ってかかる。
「ピィピィとうるさい子だね。それ以上騒ぎたてるとホントに殺っちまうよ」
「……プルダちゃんの言う通り、こんなひどい仕打ちってないわ。
最初から私たちをねらっていたなら、なぜあの時には何もしないで見送ったりしたの? あんなに優しそうにニコニコと……」
「あん時……? ああ、あん時はヤバそうな客が居たからさ。やたら眼光ギラギラさせた奴でさ。
いつものあたしなら別に気にしないんだけどね。
でも、あの客だけはいまだかつてない不吉なオーラを感じたんだよねぇ。関わったら厄介的な……」
首領がそこまで言った時だった。
黒装束の集団の中から突然――
「不吉な厄介者とは心外だな」
――と、聞き慣れない男の声が響いた。
「!!!!」
かたまりになっていた山賊らは自分たちのすぐそばで声がした事に驚き、後方へと一斉に大きく退いた。
すると一人だけ、飛びのかずに留まり、悠然とたたずんでいる男の姿がそこにあった。
その男が、声の主だ。
「てめえ! いつの間に!」「いったい何者だ!?」
黒装束の山賊らはすかさず男を取り囲む。
首領と三人の山賊、豆実とアップルダも、取り囲まれた輪の中心でたたずむ謎の男に目を向けた。
「お、お前は……!」
男を見るや、首領は眉をひそめた。
手下の中にひそかに紛れこんでいた男は、鼻の下までフードを下ろした、あのギラギラ目つきのマントの客だったのだ。
「お前……あん時の……」
「ああ。貴様の言う、ヤバそうな客だ。山賊に言われたらおしまいだがな」
マント男は、口元に苦い笑みを浮かべた。
「……お前、まさかお上の回し者じゃあないだろうね……!?」
「さあ、どうだろうな。ただこれだけは忠告しておこう。
俺と戦おうなど愚かな選択はしない事だ。
それともうひとつ、そちらのお嬢さん方をこっちに引き渡してもらおうか」
「な、なんだって!?」
「もちろん、その封筒とペンダント付きでな」
首領が手にしているその二つを長い指で指さし、マント男は口元から笑みを消すや真顔になった。
「お前……あたしの獲物を横盗りするつもりかい!?
どこの誰だか知らないが、お前なんかの好きにさせる程あたしは甘くないよ!!
野郎ども!! そいつをさっさと片付けちまいな!!」
「おうよ!!」「ぶっ殺してやる!!」
黒装束の山賊たちは首領の命に従い、待ってましたとばかりに剣や斧を振りかざしマント男に襲いかかる。
しかし、マント男は押しよせる全ての攻撃を赤子の手をひねるようにいとも簡単にかわしていき、彼らの爪の先すら自分に触れる事を許そうとしなかった。
いかに山賊一味が多勢であろうと、どのような武器でかかろうと、魔力をもって技を仕掛けようと、マント男には何ひとつ、いっさい通用しない。
見かねた三人の山賊もアップルダを突き放して戦いに加わったが、マント男との力の差は歴然、何人増えたところで劣勢の状況をくつがえす事は不可能だった。
やがて、攻撃をかわすばかりだったマント男が手に剣を出現させ攻勢に転じると……
山賊たちは皆、男の猛撃をよけきれず馬上で体勢を崩し次々と落馬していき、
その後、男が繰り出した烈風にあおられ見るも無惨に片側の崖から谷の深間へと一人残らず落とされてしまった。
道に残ったのは、山賊の首領と豆実、アップルダ、女三人だけだ。
「お、おのれ……!!」
首領は青ざめ、全身うち震えている。
無理もない。こんな短時間で手下を全員失い、今は己の命さえ危険にさらされているのだ。
「俺は忠告したはずだ。愚かな選択はするな……とな」
「や、やかましい! あたしも言ったはずだよ! お前なんかの好きにさせる程、甘くはないってね!!」
持っていたナイフを投げ捨て腰元の鞘から剣身を抜いた首領は、マント男に対して戦闘の構えをとった。
「女であろうと、向かって来る者に容赦はしないぞ。まして山賊ふぜいになど……」
真っ向からにらみ合う、マント男と首領女。
傍らで、豆実とアップルダは固唾をのんで傍観していた。
「このままじゃ、どっちかが死んでしまうわ……」
「あのオバサンがやられればいいんだっ」
「でも……殺されるなんて……」
「豆ネェ、何ゆってんだよ! アイツら山賊にひどい目に合った人たちがこれまでだってたくさんいたはずだよっ。
あのオバサンが生き残ったら、またろくでもない連中かき集めて手下にして悪事を繰り返すに決まってるだろ!?」
「……そうかもしれないけど……」
豆実は複雑な気持ちだった。
アップルダは正しい。決して間違ってはいないのだが、心のどこかで、あの首領の女の優しいほほ笑みを信じたがっている自分がいた。
「……ちょっと待って! 待ってください!!」
豆実は自然と、にらみ合うマント男と首領女のそばへ駆けより二人に呼びかけていた。
「ま、豆ネェ!?」
予想だにしない豆実の行動に、アップルダは面を食らった。そしてそれは、マント男と首領女も同じだった。
「お頭さん。さっき私たちに出してくれたジュース、手間ひまかけて作ってくれたものだって、飲んだ時すぐに分かったわ。
ちょっとビミョーだったけど、それなりにおいしかった。
私たちを見送ってくれた時も、ていねいに仕分けをしていたでしょう?
あの時のあなたの真剣な表情、優しいほほ笑み、私はニセモノだなんて思えない。思いたくなんかない。
あれが本当のお頭さんなんじゃないんですか……!?」
「……な、なに言ってんだい、この小娘は……!!」
自分が売り飛ばそうとしていた娘が、澄みきったまっすぐな瞳で訴えかけてくる。
こんな獲物は初めてだ。
首領は明らかに動揺していた。
「お願いだから、殺し合いなんてしないで、きちんと罪をつぐなってください……!」
そう懇願する豆実だったが、女だてらに山賊の頭を長年はってきた首領は、今さら心を入れかえ改心するつもりなど毛頭なかった。
いや、今さら改心するなど、したくても出来ないのだ。
今さら……なのだから。
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