「ザ・ぼうや 〜人形青年の輩〜」

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「ったく……うっとおしいね……  うるさくて気が散るんだよっ。このクソガキがっ!!」  首領は、自分の中に(しょう)じた微々(びび)たる迷いを()ち切るように、マント男と戦うべくためこんでいたエネルギーを、豆実に向け放射(ほうしゃ)しようとした。  ところが、その時――  首領の上着に引っかかっていたペンダントの石がいきなり発光し、彼女の身体をまたたく間に包みこんだではないか。 「こ、これは……!?」  石が(はな)つ赤紫色のやわらかな光に包まれ、首領は次第にウトウトと、激しい睡魔(すいま)に襲われていく。  戦う相手が、マント男から睡魔に変わろうとは……  いずれにせよ、強敵である事に変わりはない。  どうあがいても強烈(きょうれつ)な睡魔には勝てず、立てったままで眠りにつき、そのうち(ひざ)が折れ地面に倒れこむと、首領は完全に熟睡(じゅくすい)してしまった。  スヤスヤと眠るその顔は、覚醒(かくせい)している時と違い、安らぎに満ちている。 「ど、どうなっているんだ……」 「オバサン、寝ちゃったのかいっ? あんなキレまくってたのに!?」 「い、生きてる……わよね?」  豆実たち三人は、何が起きたのか理解できずに戸惑(とまど)うばかりだ。  ――ユーディアライト――  首領を包みこみ、深い眠りへと(いざな)ったユーディアライトの石の光は、  彼女が夢の中へと()ちた後、徐々(じょじょ)に、徐々に薄らいでいった。 「……お前のだろう?」  マント男は首領の上着からペンダントを取り、その手を豆実の方へと伸ばした。 「……ありがとうございます……」  幼い頃からの宝物だ。無事返された事に安堵(あんど)し、豆実はとても感謝した。 「あの……あなたは誰なんですか?」  まだなおフードで顔を隠したままのマント男に、豆実は遠慮(えんりょ)がちにきいた。 「通りすがりの者だ。それより、そのペンダントをどこで手に入れた?」 「手に……? いいえ、これは私のペンダントです。もともとは母が大事にしていた物で、つまり母の形見なんです」 「お前の母親の……?」  マント男は、(いぶか)しげな声付きでつぶやいた。 (ならばおそらく、この娘ではなく母親の方がどこかで手に入れ、持っていたのだろう……だが、どこでどうやって……)  どういう訳か、男は豆実の話を信じずに、そんな風に考えていた。  ペンダントがどのような経路(けいろ)で豆実の手に渡ったのか、男にとってはその事が重要なようだった。    男は、飲食店でなぜか無性(むしょう)に豆実の存在が気になり、豆実たちが山賊にねらわれていると(さっ)して賊徒(ぞくと)の集団に紛れこんだ。  首領が豆実からペンダントを奪い取った時には、男はうっかり声を上げてしまいそうなくらいの衝撃を受けた。  その剣のペンダントは、豆実の母ではなく男が知る“ある人物”の形見にそっくりだったからだ―― 「お前たち、宿を探していたんだろう? 俺について来い」 「えっっ?」  男は、鼻下までかぶっていたフードを初めて脱ぎ、豆実とアップルダに顔をさらした。  その顔立ちは、ややきつめの印象ではあるもののスッキリとまとまっており、目と髪の色は彼のスマートでノーブルな風貌(ふうぼう)をより(きわ)()たせる、クールな銀色(シルバー)だ。 3cc2c91c-a0ad-46b6-bf29-47f77de47955(あら。案外(あんがい)ステキ……) (もっとむさくるしいオッサン想像してたよ)  男の容姿はレベル高めで、二人よりうんと年上だ。  豆実とアップルダは思わず、男の大人の魅力にドキッとした。 「どうして顔をかくしていたんですか? もったいない」 「ホントだよ。ボクはてっきりアンタの方がお尋ね者だと思ってたよ。実際はニコニコしてた店主の方が悪党だったけどさ。  あ……アンタじゃないか。名前は? 何て呼べばいい? ちなみにぼくはアップルダでそっちは豆ネェだよ」 「豆実です」 「俺は名乗(なの)る事はできない。好きなように呼んでくれ」 「はあっ? もう顔出したんだから名前だっていいじゃんかっ」 「調子にのるな。お前たちを信用した訳ではない」 「か、感じわるっっ。こっちだってアンタみたいなヤバそうな奴、全然信じてなんかないよっ!」 「あ、あの、それじゃあ『ギベオン』て呼ぶのはどうですか?」  豆実は男の目と髪の色からギベオンの石を連想し、言い争い寸前(すんぜん)の二人の間に割って入った。 「ギベ……オン??」 「俺の種のイメージか」 「どうかしら……いいと思うんですけど」 「ふぅ~ん。種のイメージねぇ。いいんじゃない? さっすが豆ネェ!」 「悪くはないが、それならギベオンではなくギベタスにしてくれ」 「ギ、ギベタス!? ギベオンてゆってんのになんでわざわざギベタス!?」  種のイメージすら周囲には知られたくないのか、男は『ギベオン』と呼ばれる事をあっさりと拒否(きょひ)した。 「分かりました。じゃあ、ギベタスで決まりっ。ギベタスさんねっ。  ところでさっそくギベタスさん。私たち、あなたについて行ってもかまわないんですか? 迷惑なんじゃ……」 「迷惑なら誘ったりはしない。お前たちの方こそ、ヤバそうな見知らぬ男について来ても平気なのか?」 「だってギベタスさんは、私たちを助けてくれましたから」 「カン違いするな。俺はお前たちを助けた訳ではない。それから、ついて来るのなら今後面倒(めんどう)だけは起こすなよ」 「ぼくたちが面倒おこしたんじゃないよぉ~」  ギベタスはストレートな物言いだが悪気はないようで、少々強引なところも見受けられるがそこがまた彼の魅力を(うわ)()せしていた。 「ねえ、豆ネェ。ずっと顔かくしててホントの名前も言えない。おまけに腕と魔力はめっぽう強い。ギベタスさんて怪しさ満点だよなぁ~」 「だけどやっぱり悪い人じゃなかったわ。だって、山賊を崖から落とす前にみんな落馬させたでしょう? 魔馬たちのことは助けたかったのよ」 「うん……そうだね」  周りで道端の草を()む平和な魔馬たちを眺め、豆実とアップルダはなんだかやたらと(なご)やかな気持ちになった。 「あ……」  その道端に、魔馬が引きちぎったのか、一輪の赤い花が横たわっている。  きっと草にまみれたった一輪、ここで根強く、たのもしく咲いていたのだろう。  豆実は、赤い一輪の花を拾い上げた。 「おい。暗くなりかけた。さっさとしろ」 「豆ネェ。はやくっっ」  よく分からないが悪人ではないであろう男、ギベタスと、豆実とアップルダ。  不思議な三人組は、(はら)を満たし自由に()()きと山奥へと駆けていく魔馬たちに背を向け、宿屋を目指して坂道を下りて行く。    マント男、ギベタスの正体は――  彼の実名は、ロクハタス=ロクジュキュー。  ドリンガデス国の先代王、モガダリマ=ガフェルズの第二王子、ハイマウンゲルのシェードである。  あの、「哀しみの王子」の……  ロクハタスが豆実のペンダントを気にしていた理由は、彼にとって誰より(とうと)い、生涯をかけて守り(つか)えると誓った王子、ハイマウンゲルの最愛の母君(ははぎみ)の形見だったからだ。  このロクハタスと豆実の出会いは単なる偶然ではなく、剣のペンダントに導かれ出会うべくして出会った必然的なものだった。  事実上ドリンガデス国を永久追放となっているハイマウンゲルと、ペンダントの(げん)持ち主である豆実の距離を、確実に(ちぢ)めるために――    数日後、一人の女が衛兵に連れられ(ろう)収監(しゅうかん)された。  その女は自ら捜査(そうさ)機関(きかん)に足を運び、今まで自分が犯してきた罪をあますところなく告白し、どのような刑でも受け入れようと強く覚悟していた。  長い黒髪の、中年だがまあまあ美人の女だ。  女が自白した内容は許しがたい犯罪の数々だったが、女がそんな残酷な事をするようには誰もが思えない程に、彼女は終始、温良(おんりょう)なまなざしだった。  ――女は語る。 「山で目が覚めた時、あたしの手に一輪の赤い花が添えられていて……  ああ、生かされたんだなって思いました。  あの鮮やかな花が、いつまでも地獄から抜け出せずにいたあたしを救ってくれたような気がします。    ……それにね、言ってくれたんですよ。  あたしが一生懸命にこしらえたジュース、ビミョーだけどおいしかったって……  照れくさいけど、幸せな気分だった……  眠っている(あいだ)夢でみていた、あの頃みたいに……」  まだ手を汚していない昔の、良き思い出が頭をよぎったのだろう。  女はその頃にあった幸福をまぶたの裏に閉じこめるように、静かに、悠揚(ゆうよう)に目を閉じた。  料理は苦手だがレシピ片手にがんばってピザを焼きあげ、大好きな人の喜ぶ顔を思い浮かべつつ嬉しそうにお皿にのっけている若かりし時代の、  ウソいつわりのない、自分の優しいほほ笑みを……
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