7人が本棚に入れています
本棚に追加
「ったく……うっとおしいね……
うるさくて気が散るんだよっ。このクソガキがっ!!」
首領は、自分の中に生じた微々たる迷いを断ち切るように、マント男と戦うべくためこんでいたエネルギーを、豆実に向け放射しようとした。
ところが、その時――
首領の上着に引っかかっていたペンダントの石がいきなり発光し、彼女の身体をまたたく間に包みこんだではないか。
「こ、これは……!?」
石が放つ赤紫色のやわらかな光に包まれ、首領は次第にウトウトと、激しい睡魔に襲われていく。
戦う相手が、マント男から睡魔に変わろうとは……
いずれにせよ、強敵である事に変わりはない。
どうあがいても強烈な睡魔には勝てず、立てったままで眠りにつき、そのうち膝が折れ地面に倒れこむと、首領は完全に熟睡してしまった。
スヤスヤと眠るその顔は、覚醒している時と違い、安らぎに満ちている。
「ど、どうなっているんだ……」
「オバサン、寝ちゃったのかいっ? あんなキレまくってたのに!?」
「い、生きてる……わよね?」
豆実たち三人は、何が起きたのか理解できずに戸惑うばかりだ。
――ユーディアライト――
首領を包みこみ、深い眠りへと誘ったユーディアライトの石の光は、
彼女が夢の中へと堕ちた後、徐々に、徐々に薄らいでいった。
「……お前のだろう?」
マント男は首領の上着からペンダントを取り、その手を豆実の方へと伸ばした。
「……ありがとうございます……」
幼い頃からの宝物だ。無事返された事に安堵し、豆実はとても感謝した。
「あの……あなたは誰なんですか?」
まだなおフードで顔を隠したままのマント男に、豆実は遠慮がちにきいた。
「通りすがりの者だ。それより、そのペンダントをどこで手に入れた?」
「手に……? いいえ、これは私のペンダントです。もともとは母が大事にしていた物で、つまり母の形見なんです」
「お前の母親の……?」
マント男は、訝しげな声付きでつぶやいた。
(ならばおそらく、この娘ではなく母親の方がどこかで手に入れ、持っていたのだろう……だが、どこでどうやって……)
どういう訳か、男は豆実の話を信じずに、そんな風に考えていた。
ペンダントがどのような経路で豆実の手に渡ったのか、男にとってはその事が重要なようだった。
男は、飲食店でなぜか無性に豆実の存在が気になり、豆実たちが山賊にねらわれていると察して賊徒の集団に紛れこんだ。
首領が豆実からペンダントを奪い取った時には、男はうっかり声を上げてしまいそうなくらいの衝撃を受けた。
その剣のペンダントは、豆実の母ではなく男が知る“ある人物”の形見にそっくりだったからだ――
「お前たち、宿を探していたんだろう? 俺について来い」
「えっっ?」
男は、鼻下までかぶっていたフードを初めて脱ぎ、豆実とアップルダに顔をさらした。
その顔立ちは、ややきつめの印象ではあるもののスッキリとまとまっており、目と髪の色は彼のスマートでノーブルな風貌をより際立たせる、クールな銀色だ。
(あら。案外ステキ……)
(もっとむさくるしいオッサン想像してたよ)
男の容姿はレベル高めで、二人よりうんと年上だ。
豆実とアップルダは思わず、男の大人の魅力にドキッとした。
「どうして顔をかくしていたんですか? もったいない」
「ホントだよ。ボクはてっきりアンタの方がお尋ね者だと思ってたよ。実際はニコニコしてた店主の方が悪党だったけどさ。
あ……アンタじゃないか。名前は? 何て呼べばいい? ちなみにぼくはアップルダでそっちは豆ネェだよ」
「豆実です」
「俺は名乗る事はできない。好きなように呼んでくれ」
「はあっ? もう顔出したんだから名前だっていいじゃんかっ」
「調子にのるな。お前たちを信用した訳ではない」
「か、感じわるっっ。こっちだってアンタみたいなヤバそうな奴、全然信じてなんかないよっ!」
「あ、あの、それじゃあ『ギベオン』て呼ぶのはどうですか?」
豆実は男の目と髪の色からギベオンの石を連想し、言い争い寸前の二人の間に割って入った。
「ギベ……オン??」
「俺の種のイメージか」
「どうかしら……いいと思うんですけど」
「ふぅ~ん。種のイメージねぇ。いいんじゃない? さっすが豆ネェ!」
「悪くはないが、それならギベオンではなくギベタスにしてくれ」
「ギ、ギベタス!? ギベオンてゆってんのになんでわざわざギベタス!?」
種のイメージすら周囲には知られたくないのか、男は『ギベオン』と呼ばれる事をあっさりと拒否した。
「分かりました。じゃあ、ギベタスで決まりっ。ギベタスさんねっ。
ところでさっそくギベタスさん。私たち、あなたについて行ってもかまわないんですか? 迷惑なんじゃ……」
「迷惑なら誘ったりはしない。お前たちの方こそ、ヤバそうな見知らぬ男について来ても平気なのか?」
「だってギベタスさんは、私たちを助けてくれましたから」
「カン違いするな。俺はお前たちを助けた訳ではない。それから、ついて来るのなら今後面倒だけは起こすなよ」
「ぼくたちが面倒おこしたんじゃないよぉ~」
ギベタスはストレートな物言いだが悪気はないようで、少々強引なところも見受けられるがそこがまた彼の魅力を上乗せしていた。
「ねえ、豆ネェ。ずっと顔かくしててホントの名前も言えない。おまけに腕と魔力はめっぽう強い。ギベタスさんて怪しさ満点だよなぁ~」
「だけどやっぱり悪い人じゃなかったわ。だって、山賊を崖から落とす前にみんな落馬させたでしょう? 魔馬たちのことは助けたかったのよ」
「うん……そうだね」
周りで道端の草を食む平和な魔馬たちを眺め、豆実とアップルダはなんだかやたらと和やかな気持ちになった。
「あ……」
その道端に、魔馬が引きちぎったのか、一輪の赤い花が横たわっている。
きっと草にまみれたった一輪、ここで根強く、たのもしく咲いていたのだろう。
豆実は、赤い一輪の花を拾い上げた。
「おい。暗くなりかけた。さっさとしろ」
「豆ネェ。はやくっっ」
よく分からないが悪人ではないであろう男、ギベタスと、豆実とアップルダ。
不思議な三人組は、腹を満たし自由に活き活きと山奥へと駆けていく魔馬たちに背を向け、宿屋を目指して坂道を下りて行く。
マント男、ギベタスの正体は――
彼の実名は、ロクハタス=ロクジュキュー。
ドリンガデス国の先代王、モガダリマ=ガフェルズの第二王子、ハイマウンゲルのシェードである。
あの、「哀しみの王子」の……
ロクハタスが豆実のペンダントを気にしていた理由は、彼にとって誰より尊い、生涯をかけて守り仕えると誓った王子、ハイマウンゲルの最愛の母君の形見だったからだ。
このロクハタスと豆実の出会いは単なる偶然ではなく、剣のペンダントに導かれ出会うべくして出会った必然的なものだった。
事実上ドリンガデス国を永久追放となっているハイマウンゲルと、ペンダントの現持ち主である豆実の距離を、確実に縮めるために――
数日後、一人の女が衛兵に連れられ牢に収監された。
その女は自ら捜査機関に足を運び、今まで自分が犯してきた罪をあますところなく告白し、どのような刑でも受け入れようと強く覚悟していた。
長い黒髪の、中年だがまあまあ美人の女だ。
女が自白した内容は許しがたい犯罪の数々だったが、女がそんな残酷な事をするようには誰もが思えない程に、彼女は終始、温良なまなざしだった。
――女は語る。
「山で目が覚めた時、あたしの手に一輪の赤い花が添えられていて……
ああ、生かされたんだなって思いました。
あの鮮やかな花が、いつまでも地獄から抜け出せずにいたあたしを救ってくれたような気がします。
……それにね、言ってくれたんですよ。
あたしが一生懸命にこしらえたジュース、ビミョーだけどおいしかったって……
照れくさいけど、幸せな気分だった……
眠っている間夢でみていた、あの頃みたいに……」
まだ手を汚していない昔の、良き思い出が頭をよぎったのだろう。
女はその頃にあった幸福をまぶたの裏に閉じこめるように、静かに、悠揚に目を閉じた。
料理は苦手だがレシピ片手にがんばってピザを焼きあげ、大好きな人の喜ぶ顔を思い浮かべつつ嬉しそうにお皿にのっけている若かりし時代の、
ウソいつわりのない、自分の優しいほほ笑みを……
最初のコメントを投稿しよう!