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③~快気祝いと復帰祝いって、ビミョーに違う?~
ドリンガデス国の首都ノミモンドにある、シェード養成所。
ここでは、多くの少年少女がシェードになるため日々厳しい訓練に励んでいる。
その養成所施設の一室に、双子の兄妹スワンとミルクォンヒが並んで座っていた。
「スワン。あだすら、また養成所で試験受けねえとなんねえべか?」
「仕方ねえだ。オラ達は長いこと人形だったんだからよ」
魔女の呪縛から解き放たれ、マトハ―ヴェン直々の任命により晴れて第三王子のシェードとなったはずの二人だったが、
人形にされている間にすっかり筋力が低下し、当然ながらシェードとして学ぶべき事も当時習った内容しか記憶していない。
そのため二人は、肉体を鍛え直し、今現在のシェード学を全て追加で習得するべく再度養成所に送られて来たのだ。
「オラ達がシェード候補になったあの頃と比べ、シェード学もいろいろ新しくなってるだ。なんとか短期間で覚えていかねえと……」
「そだな。マト王子はあだすらを正式に任命してくだすったんだ。王子のお気持ちに応えるためにも、頭も身体もあの頃の能力を取り戻さねえとな。それが真のシェードってもんだべさ」
「んだんだ」
不安がないと言えばウソになるが、王子の期待に添えるようにとやる気まんまんのスワンとミルクォンヒ。
そんな二人が待つ部屋に、二人の専任講師としてやって来たのは、現役のセカンドシェード、ナウントレイだった。
「ナ、ナウさん!! ナウさんでねえですか!!」
さすがは双子。二人は寸分の狂いもなく驚喜の声を合わせ、同時に立ち上がった。
「久しぶりだね。スワン、ミルクォンヒ。
大変な目にあったと聞いたけど、昔と変わりなく元気そうで安心したよ」
教材を片脇に挟み、ナウントレイは二人の前に立ち白い歯を見せた。
「感激だ! ナウさんに会えて、あだす、すんげえ嬉しいですだ!」
「オラ達の先生してくれっのがナウさんだなんてよ。不安なんかいっぺんに吹き飛んじまいましただ!」
「んだ! これからヨロシクですだ。ナウ先生!」
「二人とも、先生はやめてくれよ」
「んだども、今は先生でねえだか」
「ナウさんがもっぺん改めて、シェード学うんぬん全部を教えてくれるんしょ?」
「……まあ、シェード闘志学以外は……」
シェード闘志学とは、シェードの戦いにおける心がまえを説くいわゆる根性論のようなもので、
臆病ゆえに戦闘意欲がとぼしくファーストからセカンドに降格されてしまったナウントレイには、教科中で唯一、胸を張って教える事ができない科目だった。
「ヘヘッ。ナウさん、見た目も性格も変わってねえようだな」
「なぁ~んかホッとしただよぉ~。みんなあだすらなんか忘れて変わっちまってたらどおすべかって緊張してたからさぁ~」
「ナウさんっ。みなさんナウさんみたく変わってねえですだか?」
「だどもスワンよ。よく見っとナウさん、ちっとばかし大人っぽくなってるべ??」
「そお言われてみりゃ、そおかもしれねえ! あれからだいぶたってっからなぁ~
変わらねえワケねえか」
懐かしさのあまり、二人は興奮気味に次々としゃべり止めどない。
仕方のない事だ。長きに渡り、王子や仲間たちと離れていただけでなく自由を奪われ、声を出す事すらかなわずにいたのだから。
そんな二人の過酷な経験を思うと、ナウントレイは途切れなく交互にしゃべり続けるスワンとミルクォンヒを止める気にはなれなかった。
だからつい、こう提案した。
「とりあえず今日のところは、お互いにこれまであった出来事を語り合うっていうのはどうだろう?」
思いがけないナウントレイの提案に、兄妹は両手放しで喜んだ。
「えっ? そりゃ賛成に決まってっだよ! なあ、ミルクォンヒ!?」
「聞かせてえ話も聞きてえ話も積もり積もって山より高くあるもんだべなっっ!」
「アハハッ。僕も二人の話を聞きたいよ。それじゃあ今日は肩の力をぬいて、三人で語り明かすとするか」
「だどもナウさん。ホントにいいだか? わざわざ来てくれたってのによ」
「ただ語り合うだけじゃない。君たちが居ない間にドリンガデスや他国で起きた事を知るのも立派な勉強だからね」
「こないだの、ガアス=パラスの一件みたいにか?」
「まさかあのアッロマーヌの王女さんがドリンガデスを訪れるなんてよ。魔界も変わったもんだわさ。びっくらこいただよっっ」
スワンとミルクォンヒ、そしてナウントレイの三人は、積もり積もった山より高い話に花を咲かせ、咲かせているうち気が付けば、窓の外は真っ赤な夕焼け空が広がっていた。
「早いな。もう夕暮れ時か。ちょうど授業も終了の時間だな」
「ナウさん、恩にきりますだ。すんげえ面白くて、魔界であったいろんなことが知れて良かっただよ」
「明日からは真面目に、勉学に精を出しますだ!!」
試験を受けて合格するまで、スワンとミルクォンヒは養成所で寮生活をする事になっている。
二人は寮へ戻る前に、ナウントレイを見送りがてら一緒に門へ向かった。
「ゴービーッシュ城か……
マキ君やドゥレンズィ君たちもシェードの住処に住んでんだべな。会いてえなぁ~」
「サファちゃんやルースちゃんにも……他のみんなにも会いてえだよ……」
暗くなる前の赤い大空を仰ぐと、急に切なさが込み上げてくる。
母校に来た事で旧懐の情に流され、スワンもミルクォンヒも仲間たちへの思いが募っていた。
会いたくて会いたくて、たまらなくなっていたのだ。
「だったら今からお城に来ればいいじゃん」
――すぐ近くから、二人に声がかけられた。
声をかけたのはナウントレイでもなければ、養成所の見習い生でもない。その声は、二人が昔からよく知っている女子の声だった。
二人が視線を空から門へ、そろり、そろりと下げていくと――
「ウ、ウソだ……!! ウソだんべっっ!?」
双子の兄妹は再び、寸分の狂いもなく驚嘆の声を振りしぼった。
門のそばには、マキシリュとサファイア、ドゥレンズィとルース、王子のシェード四人がそろって立っていたのだ。
硬そうな筋肉で、どこか勇ましくなっているマキシリュとドゥレンズィ。曲線美がしなやかで、どこか色っぽくなっているサファイアとルース。その四人が……
「……な、な、なんで……」
「あだすら、夢みてっだか……?」
ナウントレイ:「ハハッ。夢なワケがないだろ? 現実だよ」
ドゥレンズィ:「お前たち二人のために、クリーニング店から直接ここまで来てやったんだぞ。かなり遠回りだったがな」
ルース:「へぇ~。あんた達ホントに子供のままなんだねぇ。でも相変わらずかわいい顔してんじゃん」
マキシリュ:「二人とも、よく無事で帰って来たなっ」
サファイア:「ミルクォンヒッ。スワンッ。あたし達も会いたかったよぉ~っっ」
サファイアは腰をかがめ、満面の笑みで二人に思いきり抱きついた。
「サファちゃんっっ!!」
スワンとミルクォンヒもサファイアに抱きつき、サファイアの肌のぬくもりに触れるやポロポロと大粒の涙を落とした。
「だども、なんでサファちゃん達が……」
「ナウ先輩が養成所来るって聞いてさ。あんた達を驚かせようってみんなで計画したんだよっ。エヘッ。最高のサプライズだったでしょっっ?」
「言っとくが、このバカげたサプライズを計画したのはみんなじゃなくてサファ一人だからな」
ドゥレンズィが素っ気なく告げる。
「ドゥレンズィってば。何十年ぶりの再会で、なんでそおゆうこと言うかなぁ~」
「事実だろ。ナウ先輩に二人を城につれて来てもらえば簡単にすむ話だったのにさ」
「それじゃあサプライズになんないでしょっっ。それにあんただって『養成所は久々だ』つってまんざらでもなさそうだったじゃん!
さっきだって見習い生たちにキャーキャー騒がれて二へ二へしてたじゃん!」
「二へ二へ!? 誰がいつ二へ二へしたんだよ!?」
「サファもドゥレンズィもいい加減にしろって。それより早いとこ城に戻ろう。今夜はスワンとミルクォンヒの快気祝いで盛り上がるんだろう?」
「オ、オラ達の快気祝い!? しかも、ゴービーッシュ城で!?」
「ホントだかっ? ナウさんっっ」
「ああ。ゼスタフェさんとフライトさんが今夜の当直者に代わって夜間の仕事を引き受けてくださったんだ。
自分らはいいから全員参加で楽しめって。
ニックやロッサをはじめ、仲間たちみんながパーティーの準備をして待ってくれてるんだよ」
「ま、ますます感激ですだ……!!」
「んだ、んだ……! あだすらのために……!」
スワンとミルクォンヒは、涙の残る目をキラキラと輝かせた。
「でもナウ先輩。快気祝いってネーミング、やっぱりおかしくないですか?
コイツら人形化してたけど病気でもケガでもなかったのに」
「そうかな……」
「いいじゃないか、ドゥレンズィ。人形にされてる間、二人は相当な苦痛を味わってたんだからさ」
「マキの言う通りだよっ。ドゥレンズィってばさっきから何かと面倒くさいんだから!」
「いつもは面倒がってばかりのドゥレンズィが面倒くさがられるとはねぇ。
じゃあ、復帰祝いって名目はどお? 似たようなもんかもしんないけどさ。それとも他に……」
「ルース、もういい。遅くなるとまずいからそろそろ行くぞ」
この調子だときりがない。
ナウントレイは、先に養成所の門を出て歩き始めた。その後ろを、後輩の六人もついて行く。
「でも、ゼスタフェさんにも参加してほしかったなぁ~
もち、フライトさんにもね。なんだって毎晩毎晩、当直なんかが必要なんだろ」
サファイアは、残念そうに不満をこぼした。
宏大なゴービーッシュ城では、各主要地点で守衛たちが日夜を問わず厳重な警備にあたっている。
シェードの管轄は主に王族が居住するグライン嶽で、夜間は最低二名、グライン嶽での当直に当たらなければならなかった。
「あたしらが不寝の番しなくてもさ。いざとなったら王族たち、自分の力でいくらでもどうにでも出来るでしょ」
「それだけは、サファに同意するぜ」
ゼスタフェを敬愛するドゥレンズィも、彼が不参加のパーティーを憂い、サファイアと同じ不満を抱いていた。
「あんたら二人はゼスタフェさんLOVEだもんねぇ~
ここへきてやっと意見が合ったじゃん」
サファイアとドゥレンズィをからかうように、ルースは微笑した。
「サファ、ドゥレンズィ。それが俺たちシェードの責務だろ? 今回ゼスタフェさんとフライトさんには申し訳ないけどさ……」
マキシリュは、いかにも優等生じみたセリフを返す。
「だどもよ。ゼスタフェさんとフライトさんの組み合わせなら、今夜の当直は最強だべ!?」
「ハハハッ、そりゃそおだ!」「違いないっっ」
笑って歩くこと数十秒。
魔馬を待たせていた場所に着くと、五人はそれぞれの魔馬にまたがり、スワンはナウントレイの魔馬に、ミルクォンヒはマキシリュの魔馬に乗せてもらった。
「あ……なんか思い出しただよ。
オラ達の恩人ならぬ恩魔馬、はっせんのこと……」
スワンは不意に、自分たちが自由を取り戻すきっかけとなったサトナシ祭の魔馬レースを思い返した。
そうだ。あの時、はっせんの優しさが自分たちの運命を好転させてくれたのだ。
「はっせん……?」
スワンが口にしたその名前に、マキシリュは脳をゆさぶられるような刺激を覚えた。
「スワン……はっせんてのは、まさかあのギンギン号の対抗魔馬のことか!?」
「えっ? マキ君、はっせんを知ってんだべか!?」
「知ってるも何も、あのセンジってブレンドの魔馬じゃないか……!!」
マキシリュが声高に言うと、
「ブ、ブレンドのセンジィィ――――!?」
サファイアとルース、ドゥレンズィは、双子の兄妹に負けないくらいピッタリと息を合わせて驚愕の声を張り上げた。
ただ、サファイアだけは声を張り上げつつ、「センジ」という名の響きに思わず胸キュンする自身のときめきにも驚愕したのだが……
かくして、スワンとミルクォンヒ兄妹の復帰を祝うパーティーはシェードの住処、多目的室にて再会の涙あり、ごちそうあり、談笑ありで羽目を外してにぎやかに行われたのだが、
参加したシェード達の関心はもっぱら、パーティーの主役の双子より二人を救った魔馬の主人、ブレンドの青年「センジ」の話題だった。
シェード達の中には、テレビの中継で煎路を知った者も少なくない。
あろう事か、あのギリザンジェロに挑戦した恐るべき青年だ。インパクトが大きすぎて誰もが興味津々だ。
「オラ達はあん時、はっせんにすがり付いてたからよく分かるだよ。
オラ達を助けるために、はっせんはゴール間近だってのにわざわざスピードを落として負けたんだべ。
間違えなくはっせんは、ギンギン号よりも速かっただよ!」
「んだんだ!! 勝ってたのははっせんのはずだったんだべ!?」
二人の話を聞いていたシェード達はギョッとした。
王子であろうと無断で立ち入る事が許されていないとはいえ、ここはゴービーッシュ城の一部なのだ。
もし万が一、王子がまたシェードの住処に侵入していたら……今の二人の発言を耳にしたら……そう思うと、気が気ではなかったのだ。
「こらっ。二人ともめったなこと大声で言うもんじゃないわよ……!」
ロッサは眉をつり上げ、声を押し殺しながら二人をたしなめた。
スワンとミルクォンヒは「いっけねえ!」と舌をペロッと出し、自らの頭をコツンと叩きつつも、声を小さめにしてなおも続ける。
「奇妙なこともあっただよ? あん時あだすら死にもんぐるいではっせんの足にしがみ付いてたけどよ。
ワケ分かんねえ細っこい光線があだすらめがけてすんげえ勢いで走ってきてただよ。途中で消えちまったけどなぁ~?」
ミルクォンヒがそう小首をかしげた瞬間、マキシリュはサーッと青ざめた。
(そ、それは俺の仕業だ……!!)
「マキ?? どうしたの??」
マキシリュの顔色を見て、サファイアも小首をかしげる。
「いや……別に……」
マキシリュは黙っているしかなかった。
王子の怒りを鎮めるためとはいえ、卑劣な手段でギンギンを勝たせようとしていたなんてとてもじゃないが白状できない……
「ところでお前ら。その時はまだ人形だったんだろ? どうやって魔馬の足にしがみ付いてたんだよ」
少し離れた場所でナウントレイとビリヤードをしているニックが、キューを抱きしめしがみ付くマネをしながら兄妹に疑問を投げかけた。
「オラ達もハッキリとは分かんねえですけど、多分はっせんの優しい感情が現れ始めてて、そんでちっとずつ魔法が解けてったのかもしんねえですだっ」
「あだすらとにかく振り落とされねえように夢中だったで、元に戻る時の感覚までは覚えちゃいねえんですが……」
「……それにしても、今日こげな形でセンジさんの名前を知ることができるなんてよ。それもブレンドだったなんてなぁ……」
「そげなことはどおでもええだ。どこの何者だろうと、センジさんはオラ達が選んだ、オラ達の恩人なんだからよっ」
「そりゃもちろんだ。
センジさんとはっせんにもっぺん会って、ちゃんとお礼がしたいだよ」
「そおいや、センジさんはマリちゃんてのを助けてやれたんだろうか……?」
スワンとミルクォンヒは、いきなり姿を消してからずっと気になっていた煎路に思いを馳せ、煎路の事ばかり考えていた。
――二人は知らない。
今度はその煎路が人形になっているなどと……
しかも、明らかに見た目が変わり果てた状態で世にも不気味な人形になっているなど、知るはずもなかった。
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