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④~紙袋から差し出された物が、つまらない物とは限らない~
『この顔に、ギョッときたら……』
ブアイスディーの街の片隅で、シモーネは孤独に、尋ね人のビラをせっせと配っていた。
「もうひと仕事してくる」と言い出て行ったきり、煎路は何日たっても帰って来ない。
煎路の魔馬、はっせんだけが宿屋に戻って来た時、煎路の身に良からぬ事が起きたのだとシモーネは確信し、直ちに衛兵に捜索を求めたのだが……
「ちゃんと捜索してくれてるのかしら。センジさんはいまだ行方不明のままだし何の連絡も入らない……」
シモーネはこうしてビラを配り、時にはあちこちに出かけて行き煎路を探しながら、二人で一緒に泊まる予定だった宿屋で煎路の帰りをひたすら待っていた。
お金に困る事はない。煎路が置いていった大金が、まだまだたくさん残っているからだ。
「センジさん、帰って来るよね……」
くじけそうになる自分を何とか奮い立たせ、シモーネは毎日、街を行く人々に煎路の似顔絵を渡していた。
似顔絵は、シモーネが描いたものだ。
幼い頃から絵を描くのは大好きで、得意な方だった。
「自分で言うのもなんだけど、うまく描けてる。センジさんにそっくりだわ」
しかし、煎路に関する情報は何ひとつ得られない。
知らない街で一人、シモーネは眠れない夜を幾夜過ごしてきただろうか――
ところがある日、二人の若い男が宿を訪れた事により、先の見えない心細いだけの日々が一変した。
宿屋のロビーでシモーネを待っていた二人の男は、焙義とモモタローだった。
焙義たちはブアイスディーに留まり、煎路が人形になるまでの経緯をたどっていた。
そんな中、煎路らしき似顔絵が描かれたビラを手にしている人たちを目にして、そのビラを配っているのが何者なのかを確かめに来たという訳だ。
「ビラ配りのバイトをしてるのは君かい?」
シモーネが警戒しないよう、まずは人当たりの良いモモタローがさわやかな笑顔で問いかけた。
「は……はい。バイトではありませんが、配っているのは私です……」
物腰はやわらかいものの、筋骨隆々なガッチリ体型のモモタローに見下ろされ、シモーネはどのみちビクビク感をぬぐえずにいる。
それに気づいた焙義は、
「ちょっと座ろうか」
と、ロビーの奥にある応接セットを親指で示した。
モモタローのようなさわやかさはなく愛想がいいとも言えないが、
ぎこちない笑顔で発した焙義の声は落ち着きがあり、シモーネは自然と心の力を抜いていた。
長方形のテーブルをはさんで置かれた二つの長イスに、焙義とモモタロー、シモーネは、向かい合って腰をかけた。
焙義は席につくと、いったい何が入っているのか、肩にかけていた大きめの紙袋を床に下ろした。
「突然おしかけてすまない。
俺は度合焙義。こっちは仲間の」
「モモタローです。よろしくっ」
シモーネの警戒心を和らげようと、焙義とモモタローは笑みを保ったままで自己紹介をした。
すると、
「ド……ゴウ……?」
焙義が名乗った耳慣れない苗字に、シモーネは目をパチクリとさせた。
耳慣れないその苗字を、最近すぐ近くで耳にしていたからだ。
「ドゴウって、センジさんと同じ……」
「……君、煎路の知り合いなのかい? それとも……」
モモタローはシモーネにききながら、焙義を横目でチラリと見た。
焙義はやや深刻な表情に変わっている。
「あの、あなた方はセンジさんとはどおゆう……」
「煎路は俺の弟だ。おま……いや、君の方こそ、煎路とはどういった関係なんだ?」
「お兄さんっ!? ウソッ!! センジさんのお兄さんなんですかっ!?」
旅の道中、煎路から兄の存在を聞いて知ってはいたが、実際に会えるとは予想だにしていなかったシモーネは、声がひっくり返るほどに驚いた。
一方の焙義は、深刻な表情のままシモーネを凝視している。
焙義が深刻になるのは当然だ。
正面に座っているこの娘は拉致された被害者である可能性が高く、拉致した犯人の特徴は煎路そのものなのだから……
「もしかして君は、クオチュアの里でお見合いパーティーに参加してさらわれた子か……?」
「……さらわれた? いいえ、そんな、違いますっっ」
「え……?」
「そんな話になってるんですか!? 私は自分の意思で煎路さんと旅に出たんですっ。もともとは、サングラスをかけた男の人にパーティーから強引に連れ出されて……」
「サングラス!? 連れ出したのは煎路じゃないんだねっ!?」
グッと拳を握りしめ、焙義より先にモモタローが確認した。
「ええ。センジさんは私を助けてくれたんです。そのサングラスの男性は、実は結婚詐欺師だったらしくて……」
「結婚詐欺師……?」
「はい。でも、私がバカだったんです。その男性の甘いセリフにまんまとだまされて浮かれてしまって……
さっき強引に連れ出されたって言いましたけど、本当は私、その時とても嬉しかったんです……
あ、ごめんなさいっ。私ったら名乗るのが遅れてしまって……
私、シモーネです。シモーネ=リンブトンです」
シモーネから事の詳細を聞き、被害者と思われているシモーネ本人から煎路の身の潔白を知らされた焙義とモモタローは、煎路を信じていたとはいえ、この時改めて心からホッとした。
「君が弟を探しているのはそういう理由だったのか。
あのビラが指名手配のようだったから、弟が何かやらかしたと誤解して内心あせってしまってな」
「や、やだっ。ごめんなさいっ! 私ヘンなこと書いてました!?」
宿の玄関にも貼らせてもらっている自作の尋ね人ビラに、シモーネは慌てて目をやった。
「『この顔に、ギョッときたら』は誤解を招くよなぁ~
でも、煎路の顔は実物よりカッコ良く描いてるね。シモーネから見た煎路はこんな感じなのかな!?」
「えっ。あの、それは……」
モモタローが笑いながら軽くいじると、シモーネは顔面真っ赤になり下を向いてモジモジした。
「からかってる場合か、モモ。
それよりシモーネ。煎路は仕事の内容や行き先までは言わなかったんだよな?」
「え、ええ……今となると、ちゃんと聞いておけば良かった……とにかくセンジさん、すごく急いでて。
すぐに帰って来るって、私なんにも疑わなかったから……ごめんなさい」
「君を責めてるワケじゃない。
煎路のことだ。聞いても言わなかったろう」
「仕事の見当ならついてるよね、焙義クン」
「おそらくギャンブルだな……この街には、わりとでっけえカジノがあったはずだしな」
「だけど妙だよね? もし煎路がカジノで派手に稼いだとしたら目立っていただろうに、どうしてシモーネにも衛兵にも情報が入らないんだろうか。
似顔絵は実物より男前だけどさ。誰が見たって煎路と分かる程度だろう?」
「まあ、とりあえずはそのカジノから当たってみるか」
「クッペと交信がとれればなぁ……煎路の“声”が聞けるかもしれないのに。
たとえ人形になっても“種”は失せちゃいないワケだしさ」
モモタローがもらした言葉に、シモーネはすかさず反応した。
「待ってください! それ、どおゆうことですか!? 人形って……センジさんが人形になったとでも……!?」
しばらくこの街で暮らしていて、シモーネは、ブアイスディンテン山に巣食う魔女の噂を小耳にとめていた。
だからこそ、モモタローの言葉に敏感に反応し、そしてひどく動揺した。
「魔女は本当にいたんですか……?
ああ、どおしよう……まさかセンジさんが人形にされていたなんてっっ」
「心配ないよ、シモーネ。人形にされても元に戻せばいいだけだからさ」
モモタローは、あっけらかんとしている。
「じゃあ、戻せるんですかっ?」
「さあ、分からない」
「わ……からない……?」
「戻せるかどうかは、これからいろいろ調べていくってワケさ。なあ、焙義クン」
「ああ。だがな……戻す方法があったとしても、煎路は罰として当分の間このまま人形でいさせた方がいいのかもしれないな」
さっき床に置いた大きな紙袋に、焙義は意味深な視線を向けた。
「こいつ……??」
シモーネもまた、焙義の足元に置かれた紙袋に視線を下ろす。
大きな紙袋には、人形店の店名が書かれている。
その紙袋の中に片手を突っこんだ焙義は、ある物の頭をガッシリとつかんで取り出した。
焙義がやや乱雑につかみ取り、テーブルの上にドンッと置いたある物とは……
ボヨヨヨヨ~~~~~ンンン!!!
に、人形だ――!!
タップンタップンの質感の肌をふるわせた、お世辞にも「かわいい」とも「抱っこしたい」とも言えない、怪しげな目つきの男の子の人形だった。
「な、なに!? この人形!?」
人形のあまりの不気味さに、シモーネはたじろぎイスの背もたれにピッタリと背中をくっつけた。
「シモーネ。冷静に受け止めてくれ。信じられないだろうが、この人形が煎路なんだ」
「……えっっ!?」
焙義の衝撃発言――
冷静に受け止めるなど絶対ムリに決まっている。
シモーネは顔を両手で覆い、絶望感をあらわにした。
「信じないっっ。絶対に違うわっ! センジさんはこんなブヨブヨなんかじゃないっ! 髪の色や服装がおんなじってだけでこんなのをセンジさんだと思うなんてどうかしてる……!!」
「髪や服装だけで判断したワケじゃない。人形の目をよく見るんだ。この目が煎路である何よりの証だ」
焙義に言われ、シモーネは指と指の間から人形の目を薄目で見た。
――人形は、シモーネをなめるように熟視している。
それだけではない。シモーネを見るなり人形は、人形のくせに自由自在に頬や口角を上げ、下心まる出しのスケベな顔つきになっているではないか。
「セ、センジ……さん? 本当に……?」
「信じてくれたようだな」
「信じるしかないよね、このいやらしげな目と顔見ればさ」
そう。シモーネは認めるしかなかった。
すけべったらしい目の、瞳の向こう側からシモーネを見守る温かいまなざし……
それはまさしく、煎路本人だと理解したからだ。
涙が勝手に流れてくる。
「……私も……
私にも、センジさんを元に戻す手伝いをさせてください……」
シモーネは、湿り声をふるわせた。
気味が悪すぎて直視できなかった人形煎路の目、顔を、今は真っすぐに見つめ、こんな哀れな姿に変えられてしまった煎路のため、出来る事は何でもしたいと願っていた。
「だけど、シモーネ。君、もう長くここに滞在してるんだろう? 大丈夫なのかい?」
「お金なら、センジさんが置いてってくれましたから」
「そうじゃない。モモが言ってるのは家や仕事のことだ」
「大丈夫です。職場は長期休暇中ですし、私は一人暮らしな……の……で……」
何か急に思いついたのか、シモーネの語尾が尻すぼみになっていく。
「そうだわ……おじいちゃんなら……」
「おじいちゃん?」
「ええっ。私の祖父なら魔女について何か知っているかもしれません。昔からそおゆうのに詳しい人だったので」
「君のおじいさんが? 本当かいっ?」
「離れて暮らしててもうずーっと会ってないので祖父の今の状況はハッキリしないんですけど……あ、生きてはいるはずですっっ」
「連絡はとれるのか?」
「田舎の山麓にある村に住んでるから、電話は難しいかも……
でも、村がどこにあるのかは覚えています。ここからはかなり遠いけど、私、行ってみます!!」
「ダメだ、シモーネ。煎路のことで君にこれ以上迷惑はかけられない。気持ちは嬉しいが」
「いいえ、行きます! じっとなんてしていられません!」
シモーネの決意はかたく、いきなり立ち上がったかと思うと自分の部屋へ駆けて行き、さらなる旅に出かけるべく身支度を始めた。
おとなしい性格に似合わない思いきりの良さに、焙義とモモタローが戸惑ったくらいだ。
用心のためシーツに包んでベッド下に隠してあった札束は、荷物になるため三人で分け合った。
そうして目まぐるしく支度を整え表に出たシモーネは、焙義とモモタローを煎路の愛魔馬、はっせんが居る宿の魔馬小屋へと案内した。
どっしりとした重みのあるはっせんの貫禄。
モモタローははっせんを見上げ、ゴクリと唾をのみこんだ。
「こ、こいつが例の魔馬か。生で見るとますます迫力あるよなぁ……」
「モモ。俺はロンヤとこの街に残るつもりだ。お前はヒロキと一緒にシモーネを頼む」
「煎路のこの魔馬はどうするのさ。僕たちそれぞれ魔馬はいるし……」
「わ、私は一人では乗れないし……」
「俺が乗るしかないな。ロンヤも魔界の馬を扱うのは初めてだろうが、あいつなら、普通の魔馬ならどうにか乗りこなせるだろ」
焙義ははっせんにゆっくりと近寄り、体をなでながらそっと手綱を引いて小屋から出した。
はっせんはまるで抵抗せず、初対面の焙義に素直に従っている。
なぜなら、焙義の肩にかけてある紙袋の中から煎路の気配を感じとり、なおかつ煎路が呼びかけるテレパシーを受けとったからだ。
( はっせん。俺はここに居る。それからこいつは俺のアニキだから一応は安心しろ)と……
焙義に連れられ魔馬小屋から外に出たはっせんは、なぜかふとシモーネに目を凝らし、しばらくシモーネに視線を送り続けた。
よく考えると、これ程まじまじとシモーネを見るのは今が初めてだ。
――そして、はっせんは思い出した。
なんとシモーネは、前の主の孫娘だったのだ。
この時同時にシモーネもまた、はっせんに初めて乗った時に感じた懐かしさを思い起こしていた。
(私……子供の頃にはっせんに会ったような気がする……)
ぼんやりとではあるが、シモーネはそんなふうに記憶を顧みた。
たよりない記憶の中で、紫色のたてがみをなびかせ豪快に走る若々しい魔馬――
「……ストロング……」
シモーネは、無意識につぶやいた。
そして無意識ながらにその名を口に出したとたん、ぼんやりした記憶が一瞬にして鮮明になった。
「そうよ……そうだわ。ストロング!!
昔はおじいちゃんの種の色だったけど今はセンジさんの種の色だから気づかなかった!!」
「シモーネ、どういうことなんだ?」
「ストロングって!?」
「ずいぶん昔のことなんで私もすっかり忘れてました。この子は私の祖父の魔馬だったんです。いつどこでセンジさんの魔馬になったのかは分かりませんけど。
それにしても、あの頃私は子供だったからストロングがこんな立派な魔馬だったなんて思いもしなかったわっ」
「それってムチャクチャ偶然じゃないか!」
「はい、ムチャクチャです! ねえ、ストロング!!」
シモーネは、顔を近づけてくるはっせんに頬ずりをし、奇跡的な巡り合わせを喜んだ。
喜びをかみしめているのは、はっせんも同じだった。
〔せっしゃも懐かしさは感じておったのじゃが、まさかシモーネがあの小さなお嬢だったとはのォ~ ホホッ。ホホッ〕
今日ははっせんにとって、とても良い日だ。
たった今、ブアイスディンテン山で離れ離れになっていた煎路の無事(?)を知る事ができたうえ、
そばに居たシモーネが前主の孫だったという、実は運命的な再会を果たしていた事実まで知る事ができたのだから。
「それじゃあシモーネ。いったん僕らが泊まってる宿に付いて来てくれよ。
仲間のヒロキに事情を説明したら三人ですぐに発つからさ」
「分かりました」
「モモ。このさいだ。手元電話を手に入れといた方が良さそうだな。お互いいつでも報告し合えるように」
「そうだね。それがいい!」
人形になった煎路を助けるべく、焙義と仲間たち、シモーネやはっせんまでもが行動を起こそうとしている。
彼らの会話を紙袋の中で聞いていた人形煎路は、複雑な心境だった。
(こないだ死ぬほどバカ笑いされて腹立ったけどよ。傷ついたけどよ。
今の俺はアニキや仲間たちに全てを委ねるしかねえんだもんな……
そりゃそうと、やっぱシモーネ、キュートすぎるだろ。危うくヨダレたらし人形になるとこだったぜ。
それに俺のこと、あんな思ってくれてたなんてよ……
だけどシモーネがあの村長の孫だったとは鳩の豆鉄砲級にぶったまげたぜっっ。
……待てよ? さっきアニキの野郎、俺を人形のままにしとくとか言ってなかったか??
気のせいでも聞き間違いでもねえ。そうぬかしやがったよな……!!
うぬぬぬ、許せねえっっ。かわいい弟が最高つれえ思いしてるってのによ。
だいたい袋から俺を出す時も頭わしづかみだったよな。テーブル置いた時もやたら乱暴だったよな。
思いやりに欠けるあのだんまりエロ……)
その時、薄暗い紙袋の中がとことん暗くなった。
上から差しこむわずかな光が完全に届かなくなっていた。
魔馬に乗った焙義が、人形煎路を落とさないよう紙袋の口を折りこみ密封したのだ。
(……上等だよ、エロアニキ。
真っ暗だ……しかも、息苦しい……)
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