第4話 土曜日

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第4話 土曜日

土曜日の朝を迎えた。天気は晴れで空は澄み渡っている。ひとまず雨でなくて安心した。夜景を見に行くのに雨が降っていると、美しさが半減しそうでなんとしても避けたかった。 僕はジムに向かった。土曜日の朝というのにジムにはたくさんの人がいた。社会人と思われる人が多く、せっかくの休日なのに朝からよく走るなあと感心していた。きっと僕が社会人なら土曜日の朝から走ることに躊躇するだろう。せっかくの休みなんだから、もっと寝かせてくれと。 僕はダイエットの王道である無酸素性運動からトレーニングを始めた。無酸素性運動を行うことで成長ホルモンの分泌が増える。成長ホルモンの分泌が増えている状態で有酸素運動を行なうとより脂肪燃焼に効果的である。これは大学で学んだトレーニング論の知識だ。 1時間半ほどジムでトレーニングした後、家に帰った。ジム終わりのお風呂は格別だ。まるで全身の力が抜けていくように気持ちが良い。お風呂に浸かりながら筋肉をほぐし、リラックスしていた。 お風呂を上がった後、大学のレポートを書いていると待ち合わせの時刻が近づいてきた。今日は16時に車で京子の家まで迎えに行くことになっている。寒い倉庫で必死にアルバイトをして買った中古のスポーツカーに乗り込み京子の家へ向かった。 「いつもお迎えありがとね」 「全然全然!運転するの好きやから気にせんといて」 僕が運転好きなのを知っているのに京子は毎回、必ずお礼を言う。本当によくできた彼女だ。 僕は助手席に座っている京子の横顔が大好きだ。可愛いと皆は言うが、僕には可愛いよりも美しいの方がしっくりくる。 「今日もカッコいいね」 「じゃかましいわ。京子こそ可愛いで」 「本当に思ってるの?」 「当たり前やん」 僕達は付き合って1年が経つが未だにラブラブカップルだ。流石にもう、僕の口癖の「じゃがましい」には反応しなくなったが。 土曜日の高速道路は空いておりすぐに三宮まで来ることができた。神戸の洗練された街並みを横目に僕はハンドルを握っていた。険しい山道を走る頃には日が落ちてきて、辺りは静けさに包まれていた。 「なんか怖いね」 確かに不気味だ。車や人とほとんどすれ違うことなく、ただひたすらに山道を走っている。風で木々が揺れ何か降ってくるのではないかと思わせる雰囲気もあった。 「綺麗!」 京子は突然大きな声で言った。一瞬だけ神戸市内が見えたらしく、キラキラしていてとても綺麗かったらしい。僕はハンドルに集中していたため、その景色を見ることができなかった。 摩耶山掬星台までは車で入ることができず、少し手前の駐車場に車を停めた。駐車場には車がたくさん停まっており、人も多く、先程までの不気味さはもはや感じなくなっていた。僕達は街灯がポツポツと灯されている山道を手を繋ぎながら歩いていた。 「寒いね……」 京子はそう言うと僕の手を離し、腕を組んできた。10分ほど歩いた頃だろうか、階段が見え、登りきると美しい景色が目に飛び込んできた。 お互いあまりの美しさに無言だった。宝石のように輝く神戸の街、関西国際空港と神戸空港が放つ街とは異なる色、断トツに明るい大阪市内、美しさのあまり声の出ない京子、全てが最高だった。 いつかこの景色のような光り輝く人間になりたい 僕はふと、そう思った。 京子は全方向を必死に写真に収めようとスマートフォンをあちこちに向けている。反対に僕は自分の目で必死に心に刻んでいた。 「ハイチーズ、バシャ」 京子はインカメを使い美しい景色を背景にツーショットを撮った。 美しい夜景を見た後、神戸で3本の指に入ると評判のおしゃれでかつ、美味しいお店に入った。貧乏学生だが京子の喜ぶ顔を見るためなら出費などどうでもいい。2人で1万5千円だった。社会人ならそれほど痛くない出費だろうが、貧乏学生には大出費だ。京子は割り勘にしようと言ったが、僕は首を縦に振らなかった。 京子を家まで送り届け、玄関の扉が閉まるまで手を振り僕も帰路についた。デート終わりの運転はいつも虚無感に苛まれる。先程まで隣にいた愛する人はもういない。僕は音楽を大音量で流し、口ずさんでいた。 狭い駐車場に車を停め家に入った。スマートフォンを見ると京子から写真とメッセージが送られていた。摩耶山掬星台でのツーショットだ。 とても綺麗に写っているその写真は頂点に上り詰めた今でも消すことができずに持っている。もう僕の隣に京子はいないのだが…… 人は変わるというが、僕の場合は変わり過ぎた。そして変わり果てた後、本当に大切なものが見え、あの頃に戻りたいと感じているが時すでに遅し。あの頃のように僕を見る人はもういない。そう、普通の男として、一般人として。
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