愛の証明

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「わー、簡素で綺麗な部屋だね」 それが黒川先輩の部屋に入っての第一声だった。俺は内心ガッツポーズをした。綺麗好きでよかったと思った。 俺は読書や映画以外の趣味は無く、物欲もあまり無いので、部屋には家具と大きな本棚くらいしか置いていない。だから黒川先輩は簡素だと思ったのだろう。 「では、早速いくつか持ってきますね」 俺はそう言って本棚の方に向かおうとした。 「あっ、ちょっと待って。喉乾いたんだけど何か飲み物くれない?」 しかし黒川先輩にそう言われたので、俺は本を取るのは後回しにして先にキッチンに行くことにした。 俺は冷蔵庫から麦茶を、食器棚からコップを二つ取り、部屋の中央にあるセンターテーブルに持って行った。そしてコップに麦茶を注ぎ入れ、片方を机の端に寄せ、「どうぞ」と言った。 黒川先輩は「ありがとう」と言い、センターテーブルの前に正座して飲み始めた。俺は本棚から恋愛小説を二、三冊取ってきて、黒川先輩の向かい側に座り、同じように麦茶を飲み始めた。しかし、小林にもらった薬のことを思い出した。そこで、黒川先輩に見られたらなんの薬か聞かれそうだったので、見られないようにこっそりと飲んだ。麦茶を飲み終わると、 「これ、おすすめのやつです」 そう言って黒川先輩の前に本を置いた。 「わー、ありがとう!読み終わったら返すね」 黒川先輩はそう言い、本を鞄の中にしまった。 数十秒沈黙が続く。そんな中、俺はひたすら考えを巡らせていた。 本を貸し借りするという当初の目的は達成した。だから黒川先輩はもう帰ってもいいはずだ。しかし、一向に帰る気配はない。まあ腰を下ろしてゆっくりお茶を飲み始めてしまったわけだから帰るタイミングを失ったのだろう。お互いとっくに飲み終わってしまっているのだが。正直この二人きりの状況はかなり嬉しいものなのだが、俺はドキドキしすぎてしまい全く話しかけられない。だから早く帰ってもらった方が楽なのだが、とても自分からそろそろ帰ってくれなど言うことはできない。本当にどうしたものだろうか。 「ねえ、春野くん」 突然黒川先輩に名前を呼ばれ驚いたが、同時に今考えていた悩みが解決し、ホッとした。 「はい、なんですか?」 「なんか、この部屋入ってから視線を感じる気がするんだけど気のせい?」 黒川先輩はキョロキョロと周りを見渡しながらそう言った。俺はすぐになるほどと思った。そして、俺に霊感があるのではなく、この部屋に来た人は皆この視線を感じてしまうのだと分かった。 「あー、実はですね、この部屋曰く付きでして、恐らく霊的なものの視線が度々感じられんですよね。姿を見たことはないんですけど」 俺が説明すると、黒川先輩は驚いた顔をした。 「へー、そうなんだ!本当にあるんだね、そんなこと」 先輩は感心したようにそう言う。俺は黙って頷いた。 「てか、そんな部屋で一人暮らししてて怖くないの?」 「正直まだ慣れないですけど、背に腹は変えられないので」 「あー、やっぱ家賃安くなるとかのメリットはあるんだ」 「そうですね」 「こんなこと言っちゃ悪いんだけど、一年以上ここに住んでるよね。まだ慣れないものなの?」 「いや、それがですね、去年はこんなことなかったんですよ。今年度になって学年が変わってしばらくしてから急に感じるようになって」 「なるほど、そうなんだ。そんなことあるんだね」 「はい、みたいです」 先程とは打って変わって程よく会話が弾んでいる。ただそんな中しきりに部屋のあちこちに視線を向けている黒川先輩の姿が気になった。 「すみません、怖いですよね。せめて先に言っておくべきでした」 俺は申し訳なくなり、そう言う。 「いや、全然大丈夫だよ!ただ怖いというかどうしても気になっちゃって」 しかし黒川先輩は笑顔でフォローしてくれた。
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