愛の証明

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ガラガラと音を立て部室のドアが開く。 「ウィース」 三年男子の大友先輩が挨拶をしながら入ってくる。ちなみに部長だ。その後ろには三年女子の先輩と二年の女子と一年の男子が続く。 「あら、どうしたの?全員お揃いで」 黒川先輩が不思議そうに聞く。 「たまたま前の廊下でばったり会ったんだよ」 大友先輩は答え、さらに続ける。 「こんな偶然なかなかねえぞ。学年も違う奴らが廊下で全員ばったり会うなんて。こんな良い日は飲みに行くしかねえな」 またか、と部員全員が思った。見た目はラグビー部みたいに筋骨隆々でとても文芸部の部長をしているとは思えないのだが、実はロマンチストの大友先輩は何かと変な理由をつけては飲み会を開く。ただその全てが突然すぎるので部員は振り回されてばかりである。 「二駅先の焼肉屋を六時から予約してるから、全員参加な」 「いや、元から行く気満々だったんじゃないですか」 俺はすかさず突っ込む。それからふと思い立ち言葉を続ける。 「あっ、二駅先だったら俺最寄りなんで一旦帰りますね」 俺は家に荷物を置いてゆっくりしてから行こうと思った。 「おお、そうか」 大友先輩はすぐに納得した。 「あっ、ゆうも先輩の家行っていいですか?」 小林がもう元気を取り戻したようで目を輝かせながら言ってくる。 「なんでだよ」 「良いじゃないですか!一回入れてくれたのに」 「だめだ!てか、前のはお前の演技のせいだし」 俺はきっぱりと断る。小林は悔しがりながら引き下がる。 以前、小林が部に入ってすぐの頃、小林と二人で帰る機会があったのだが、俺の最寄駅の直前で突然小林が体調不良を訴え始めた。そこで俺は慌てて俺の家で休ませることにしたのだが、しばらくしてから仮病だと分かり、すぐに帰らせたことがあった。その時から一層小林への警戒は強くなった。 「あっ、大友先輩!時間ありますし飲み会までカラオケ行きません?」 原田が大友先輩に提案する。 「おー、良いだろう。勝負だ原田」 大友先輩は笑顔で了承する。 「受けて立ちますよー」 「ちょっと待った!その勝負私も混ぜてもらおうか」 なんと黒川先輩が割って入る。 「それなら私も!」 「僕も!」 どうやら皆行くようだ。俺も黒川先輩が行くのなら行きたかったが家に帰ると言ってしまった手前もう無理だと思い諦めた。 「ゆうちゃんは来ない?」 原田が小林を誘った。 「春野先輩が行かないなら私も行かないですよ!」 小林は頬を膨らませながら断る。 「ははっ、そっか。じゃー行きますか」 原田は笑ってそう言い帰り支度をする。こんな断られ方をしても笑顔で許す原田を俺は本当にいいやつだと思う。 全員で部室を後にする。それから俺と小林は駅に向かい、残りの六人は大学近くのカラオケに向かった。 小林と二人で電車という状況にはかなり不安だったが、電車では小林と普通の会話をした。 「小林は家どこなの?」 「先輩よりもう二駅先ですよ」 「へー」 俺は意外と家が近かったことに驚いた。しばらく雑談していると、突然電車が止まり、車体が大きく揺れた。俺たちは座っていたから大丈夫だったが、中にはこけている人もいた。 「無理な横断のため、急停車いたしました。失礼しました」 すぐに放送が流れた。 「びっくりしたー。でも急停車でよかったですね。動かなくなっちゃったのかと思いましたよ!」 小林は姿勢を真っ直ぐに戻しながら言う。俺も同じように姿勢を直して、すぐに答える。 「確かにそうだな。でも急に電車が動かなくなるなんて、まるで…」 「まるで、藤井慎太郎の【夜行列車】みたいですね!」 「!?」 俺はこの状況が好きな本の話に似ていたので、それで例えようとしたが、小林が俺の言葉を遮って言ってしまった。だが、俺はすごく驚いていた。 「お、お前、なんで俺が言おうとしてたことが分かったんだよ」 俺は動揺してそう言う。 「やっぱり当たってましたか!ふふ、先輩のことなら何でも分かりますよー」 小林は得意げに言う。 「でも、かなりマイナーな作品だし、俺は好き過ぎて他人に貸すのが嫌だからサークルに持って行ったことがないから、まさか知ってるとは」 「先輩の本は私の本同然ですよー」 小林の言っていることの意味はよく分からなかったが、本当にすごいと思った。 ちなみに【夜行列車】は、藤井慎太郎の代表的な作品で、夜行列車が突然止まり、運転手が操作しても動かなくなった。そんな中、閉じ込められた車内で誰も気づかぬ内に人がどんどん消えていくという内容のミステリーものだ。藤井慎太郎自体がまだ新人でそんなに売れておらず、あまり有名ではない。 そうこうしているうちに駅に着いた。俺は小林と別れて、そこから徒歩二分ほどの家へ向かった。
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