愛の証明

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「では、カンパーイ!」 「カンパーイ!」 いつものように大友先輩の号令で飲み会が始まる。飲み会と言っても酒を飲んでいるのは三年の先輩と原田だけだ。一年と二年はまだ未成年なので飲むことができない。原田だけはもう誕生日が来ている。 ちなみに俺は今回も黒川先輩の前の席を取った。ただ同じように今回も隣には小林がいる。また告白してきたりしないだろうかと不安ではあったが幸いそのようなことはなかった。 大友先輩と原田を中心に話は盛り上がり、あっという間に一時間半が過ぎた。 「ラストオーダーお願いします」 店員がラストオーダーを取りに来る。二時間飲み放題食べ放題なのでもうすぐ終わりである。 「先輩、何も頼まなくていいんですか?」 俺がラストオーダーにも関わらず何も頼まなかったのを見兼ねてか、小林が俺に聞いてきた。 「大丈夫だよ。もう腹いっぱいだから」 俺は事実腹は既に満たされていたのでそう答えた。 「先輩今日あんまり食べてませんよね?」 小林は真剣な顔で聞いてくる。俺は鋭いと思った。確かに今日はあまり食欲はなかった。おそらくやけに強く感じた視線や金縛りがまだ気になっていたのだろう。 「いや、まあそうなんだけど。ちょっと体調が優れなくて」 俺は幽霊か何かの視線が怖いなんてとても言えずとりあえず体調を言い訳にする。 「そうなんですか?大丈夫ですか?先程も調子が悪そうでしたし、気をつけてくださいね」 小林は優しい口調で言ってくる。 「あぁ、ありがとう」 小林は机に向き直り届いた肉を食べ始めた。 俺は正直珍しく落ち着いたトーンで話す小林にドキドキしていた。終始抑え目の声を出していたのは食欲のない俺を気遣ってのことだろう。 小林は普通にしていたら優しいところばかりの良い娘だ。先程も店の前で心配してくれたし。だから俺は本気で小林のことが嫌いなわけではなかった。むしろ、俺は小林と付き合った方が幸せなのかもしれない。そんな風にさえ思っていた。 「ちょっと!春野くん!春野くん!」 黒川先輩が大きな声で俺の名前を読んでいるのに気づき、俺は慌てて前を向いた。 「ちょっと、何ぼーっとしてるの?」 「すみません、少し考え事してまして」 俺は黒川先輩の声が聞こえないほど、小林のことを考えていた自分に驚いていた。 「それで、どうしたんですか?」 「いやー、あのね、恋愛小説を貸してほしいんだよね!春野くん恋愛小説好きじゃんか!」 黒川先輩はやけに大きな声で言ってくる。明らかに酔っているようだ。黒川先輩は酒が入るといつにも増して喋るようになる。 「あれ、先輩恋愛小説はあんまり好きじゃありませんでしたよね」 「そうなんだけどさ、最近そういうドラマ見てハマっちゃったんだよね!食わず嫌いならぬ見ず嫌いだったよ!」 「なるほど、そういうことなら構わないですよ!」 俺は個人的に黒川先輩に本を貸すことは初めてだったので、少しテンションが上がっていた。 「そこでなんだけど…」 黒川先輩は突然小声になった。 「この後、春野くん家に取りに行っていい?」 多少聞き取りづらかったが、俺は確かにその驚くような内容を聞き取った。 「えっ!?この後!?俺ん家ですか!?」 俺も小声になる。机に顔を寄せ合って話しているが、周りは盛り上がっており、あまり気にしてはいないようだ。 「うん、だって春野くん家ってここからかなり近いんでしょ。それに、早く読みたいからさ」 黒川先輩は両手を顔の前で合わせてお願いしてくる。俺は驚きで頭がいっぱいだった。黒川先輩が俺の家に来ようとしている。正直理解できなかった。だが口が先に返事をしていた。 「別に、大丈夫ですよ」 「良かった!じゃー後でね」 黒川先輩はそう言って原田たちとの会話に混ざり始めた。俺は姿勢を戻し椅子にもたれかかった。 冷静になって考えてみるとなんとも嬉しいことになっているじゃないか。黒川先輩が軽く男の家に来ようとしているのが気になったが、何はともあれこのチャンスを逃すわけにはいかないと思った。先程少し抱いた小林への想いは消え去っていた。
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