ザ・モーメント

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             世の中は広く、時は有限である。  当たり前だ、この二つは常に流れて止まることはない。人の一生をその中の歯車だとか言う人がいるけれどまったくもってその通りだ。我々は歯車である。ただの、骨と肉でできた、歯車なのだ。  空には飛行船が飛んでいる、竜も飛んでいる、ついでに小型低空滑走車も走っている。その三つが富士センバック社の作った1900円程する安いカメラのレンズに治まるタイミングを狙う。飛行船、竜、小型低空滑走車がレンズの中に入った瞬間にパシャリと一枚写真を撮った。正確に撮れているだろうか、これならいい値で買いっとってくれるかもしれない。そんなことをウキウキしながら考えつつ、私は坂を下りた。  「………あー……なんということだ」  家に帰り、現像した写真を見て頭を抱えた。かぶった、三つの被写体が全て同じ一点で重ね合っている。形で言うと空からてっぺんから落ちてくるピラミッドを想像して欲しい、そんな構図になる。つまり、下から小型低空滑走車、竜、飛行船が完全に重なってしまっているのだ。これはいい写真とは言えない。  ふと窓の外の街の方を見る。城があって、街がある。風船で浮いている家や海の上を走る巨大な犬、ついでにアイスクリームを売るメーカーの看板も見える。突然それらが黒い何かによって遮られた、それに窓が強い風を受けた時のようにガタガタガタと大きく揺れる。窓の下にある線路の上を蒸気機関車が通過したのだろう。少し前に毎週水曜日は蒸気機関を走らせる日と国王が定めた。そのこともあってかこの日は線路近くの家の窓はすべて閉口している。こっちからするとどうでもいい痴話喧嘩や主婦の噂話でイライラしなくていいのだが。  試しにパシャリと一枚撮ってみた、勿論窓を開けてだ。撮ったのは蒸気機関ではない、ここから見える景色だ。当然ながら窓枠もしっかり入れる、別に家から見た視点を撮りたいわけではない。たかが窓されど窓、外と内を比べるのにこの窓枠は十分機能する、取れ入れない理由がない。  早速現像してみてどんなものになったか見てみる。  「うわ……マジかよ」  奇跡が起きた、ピンボケだ!私は煤が漂う外の空間の中で夕陽に輝く時計塔を撮ろうとしたのだ。しかし、その煤で近くのものはピンボケし肝心の時計塔も夕陽の直撃を食らってオレンジ色の光となっている。  「あ、そう言えば………」  題名(タイトル)を考えて撮らなかった。しまった、題名をつけないと商品としての価値が出ない。どうするか、またなんか絵でも書いて明日のフリーマーケットに出品するか……いやでもそうなると中途半端なものになる。それで以前のお客さんが何人減ったことか……  「よし、適当に考えよう!」  たまたま撮れたこの二枚、どうせなら二枚とも売りたいものだ。  「………………」  食事をしながら題名を考える。今日の夕食は豆苗をさっとゆでたものを醤油ラーメンに入れたものと中身の具材を野菜にしてみた餃子、それに鳥ガラのスープの素があったのでお湯の中に入れて、ついでに粉末パセリをかけて、中華もどきの構成に仕上げた。うむ、やはり豆苗は醤油ラーメンに合う。  「うん、あっちは『ラウンドアバウト』にしよう」  理由は単純、すべてのものが重なってしまっているが皆向いている向きが全く違う。それに彼らはお互いが重なっているなんてこの瞬間には気にも留めてない、面白いものだ。環状交差点もまた道が重なってしまってはいるものの、止まることはなく、自身の進みたい方向に進むことが出来る。まあこちらの場合は中央が一方通行というデメリットが存在するがそこは深く考えないことにしよう。さて、これがあそこの目利きどもにどれくらいの影響を与えてくれるかだな………  「…………とりあえずそこら辺はいいか」  だってこっちは半分捨てみたいなものだしな。深く考えても他人の考えを読める仙人じゃないから所詮推測の域から出ることはない。天狗の知り合いでもいればもしかしたらいけるかもしれないがただでさえ友人の少ない私の力で遠い遠い天狗の知り合いというゴールまでたどり着くには一体どれほどの時間を要すだろう。これぞまさしく時間の無駄だ。  「それにしてもこっちは何にも浮かばないな………」  写真を目の高さまで持ち上げてじっと見つめる。こんなことをしたって写真は答えを言ってくれるわけじゃないし、そうすることで何らかのひらめきが起きるわけでもない。ただ何となくこうすれば頭が回るという非論理的なことでこんな行動をしている。まったく、自分でも馬鹿げている。  「おっと、しまった」  ラーメンの汁よりも麺の方が増えている。私は写真を置いて急いでラーメンを食べ始めた。餃子の皿は空なのにどうしてラーメンは中途半端に食べてしまうのだろうか。麺をズルズルと口に運びながらも題名に対して頭をひねり、色々考えた末何も思いつかないという最悪の結果になってしまった。  (当日の即興(アドリブ)で行くしかないか……)  最後に口に運んだ鳥ガラスープは熱々につくっていたはずなのにすっかり冷めてしまっていた。それでも器に多少の熱が残っていたのか胃に入った時にほんのりと温かみを感じた。  当日、中央に噴水のある広場でフリーマーケットは行われる。私の位置する場所は丁度日向が当たる噴水の女神像の正面、今日は機嫌のいい日でありますように。そう拝んでいると隣の爺さんが正が出るねぇと笑ってくれた。アンタに笑われてこの二枚が売れてくれれば気が楽なんだけどね。  フリーマーケットは午前10時から12時の2時間だけ行われる。理由はこの後に祭りがあるからだ、フリーマーケットはその前座。祭りの方では綺麗なお嬢さんが踊ったり、私が嫌いな楽器たちが大声で叫びながら人の歌とともに噴水の広場を彩るのだ。ここの写真を撮ればいいのではと思うかもしれないがやれ不謹慎だ、罰当たりだと言われて町内会のじいさんたちに怒られるのだ。あんたらのバカ騒ぎで毎度の如く被害を受けている奥様たちの顔が見てみたい、いやその片づけを手伝わされてるから十分見てるか。  「さて、じゃあ並べる―――」  「あれぇ?今回もいるんですか?」  来たな小娘、バリアーだ!そう考えながら持ってきた鞄で顔を隠す、単純に目を合わせたくないからだ。  「はぁ、何やってんですか。ほらほら、向かいに座ってるカワイイ娘が挨拶しに来てるんだからそんなことしないで」  ズンズンと近づいてきて鞄の端を掴まれ、上に上げようとさせられる。どんだけ顔を拝みたいのやら。  「そう言って煽りに来たのが目に見えてんだよ、こっちは売れ行きも人気もないただの底辺写真家でーす。人気アクセサリー屋はさっさとお戻りく、だ、さ、いー」  「いいじゃないですか!みんなやってるんですから私たちもちゃんと挨拶ぐらいしましょう!そのついでに煽ってあげますから!!」  「やっぱりするつもりじゃん。そんなこと言ってるとまた親父さんに変な男紹介されるぞー」  「今年で16の私には決定権がありますー!それに成人になりましたー!」  「あーオメデトウ、ヨカッタネェ」  「おめでたさが微塵もねぇ!」  「まだまだ子供だねぇ、ほら見てみろ周りの目をこれが子供の喧嘩に見えてるだろう、よ!」  そう言って私は力を抜いてワザと鞄を上に上げさせた。小娘はそれに咄嗟の反応が出来ずに前のめりになって私の胸に飛び込んできた。丁度抱き合ってるような形になり、少女の赤面に向けて私は囁いた。  「ほら、顔が赤いぞ」  そう言うと顔面に少女の拳が飛んできた。それは私の左の頬を殴り抜けた、ひどく痛いが鼻でないだけましだろう。  「つ、つまんないの!」  そう言ってぷんすかと怒った小娘は自分の店に戻っていった。隣の爺さんから夫婦喧嘩にしては度が過ぎると思うのうと言われた。誰が夫婦だと適当に返す。というかこうでもしないと11時ぐらいからアイツが写真を買わせまいと店の前に居座るんだよ。まだ左頬がひりひりする。まあそれはそれとして。  「フリーマーケット開始まで残り10分です、速やかに自分のエリアにお戻りください」  開始十分前のアナウンスが流れた。私は持ってきた2枚の写真を自分が以前に書いた本の隣に置いて準備を終わらせる。写真の上に小さく『題名   』と書いたプレートを二つ置いて一つに『題名 ラウンドアバウト』と書いた。  (あ、ダメだ。やっぱり思いつかねぇ)  即興で書こうと思ったが流石に時間がなかった。  「それではフリーマーケットを開催いたします!!皆様、拍手をお願いします!!」  広場が拍手の音で包まれる中、私は小さく手を叩き題名について持てる知恵の限りを絞った。    時刻は開始から半刻ばかり過ぎた頃だろうか、『ラウンドアバウト』が売れた。書いた本たちは半分以上売れて、残ったのは『(名無し)』と数冊の本のみ。この分だと今回のフリーマーケットは良い方なのかもしれない。向かい側の例のアクセサリー屋は序盤の行列がほとんどなくなりかけていて、よくよく見ると立てかけてある看板のほとんどの商品には『売り切れ』と大きく書かれている。あちらは別にいつも通りの売れ行きだ、気にするほどでもない。隣の爺さんからお先にのうと声をかけられる。こちらは漢方と呼ばれる薬?を売っているが原材料が少ないのとあまりの安さのせいですぐに売り切れを起こす。  「爺さん、前に言ってた七味?だったか。それくれ」  「おお?お主が健康を気にするとは珍しいのう」  「ちょっと数ヶ月先の野暮用のために体を動かさないといけなくてね、その為の体調管理さ。それで幾らだ?」  「お前さんのような貧乏人に払える金があんのかい?」  「……………………一応」  「その間から察するよ。ほれ」  爺さんは懐から袋を取り出し、それを私に手渡した。そこには『巌作!七味列伝!!』と書いていた。  「うわぁ……………」  「味は保証するし、儂が持ってる中で最も安価なものじゃ。金は要らんよ」  あんがと爺さん、そう言って鞄の中から一冊の本を取り出す。  「それは……『死神の島』!?」  「作者さんに会ってきてね。爺さん、ファンだったろ?」  「なんじゃいなんじゃい!それがあるならもっといいもん渡したろうと思ったんじゃがな!」  背中をバンバン叩かれ、苦笑いをしながら彼方を見る。実は内容が何かいまいちだったから捨てる代わりにあげるなんてことは言わない。  「それはそうとお客さんじゃぞ?」  そう言われてハッとなり、前を見る。そこには誰もいなかった。首を傾げ隣を見る。爺さんがいた場所はもぬけの殻になっていた。  「この子の名前は?」  声が聞こえてその声の主を探す。この子?名前?近くから聞こえたことから前にはいないが商品を見れる距離にはいることが分かる。  (見てる視界(せかい)が違うか)  私は鞄の中から写真を撮ったカメラを取り出し、レンズを取り外して中のガラスを取り出す。そしてポケットにしまってある。片目用多次元鏡(ガラス無し)を右目にはめ、そに先程のガラスを横からスライドして装着する。  (バラランクリュか、しかも色からして………恐らく暁族)  この街のフリーマーケットは月に数回行われる。その際に妖精が紛れ込むことが多々あり、商品に妖精の粉が付いている、買ったはずのパンが一つ無くなっているなんてことがよくある。だから別に不思議なことではないがこうして私の商品(もの)に興味を持つのは非常に珍しい。普段なら綺麗なものとか食べ物にしか興味を持たないはずなのだが。  「この子の名前は?」  もう一度同じ質問をされた。ここで気を付けなければいけないのが普通の言葉に聞こえるだけで彼らは言葉を発していない。暁族は筆談が可能な種族だが私は仕事の間柄で妖精語(メロリアーク訛り)を覚えているため、今回は喋らない相手に商談(・・)をしてみようと思う。  〔まだ決めてない?〕  メロリアーク訛りは言葉の最後が疑問形になる訛りだ。とても会話が成り立たないと思われるが元々喋っていないのでとにかく妖精とのコミュニケーションは可能である。  「メロリアーク訛りか。てことは君はここの人間じゃないね」  〔そんなことはない?〕  「じゃあ何処かで会ったんだね、珍しいこともあるんだな」  妖精が売り物の本の一つに腰かけてこちらをジッと見た。注意させようとしているのが丸わかりだ。  〔契約(・・)はしないぞ?〕  「ちっ、知ってんのかよ」  妖精は人よりも長く生きる。しかし見た目は子どもであるため叱ったり怒ったりするとその妖精の親となり妖精化が始まる。この変身時に失われる記憶が妖精の好物である。  〔ここは森ではない、あと商品に座ったんならその粉を掃除してから行けよ?〕  「君、意外と妖精語話せてない?」  〔さあ?〕  肩をすくめ多次元鏡を取り外す。あまり妖精と長い時間話していると生気を吸われて倒れてしまうからだ。  「さて題名を――――」  「新刊ください」  と、お客さんがやって来た。顔を上げると黒いローブを身に纏った大きな男が私を見下ろしていた。  「ん?見ない顔だな。あんた、ここに初めて来たろ?」  男はコクリと頷いた。チラリと男の全身を見る。ローブに隠させているとは言え体から出る威圧感は隠しきれていない。そこから考えるとこの男は普段は何らかの武に関わることをしていると見ていいだろう。  「となると………待った、確認しよう。今売ってる本のジャンルは分かるか?」  男は首を横に振った。ここを知ってる客ではない。  「・・・・・・・・この写真はおまけじゃないぞ」  そう言うと男は懐をガサゴソと探り始めた。私は片手でそれを制して男を睨みつける。  「写真の価値も本の価値も分からないトーシローがなんでこの写真を欲しがる?理由を聞かない限りはこの写真を売ることはできない」  男の歯を食いしばる音が聞こえた。男の歩を下げる音を聞いて私は呟く。  「片手に短剣を持つ、そうして私の喉を一瞬で切るか、手?いや腕の動脈を切って驚いてるうちにパッと盗む感じか?」  男はピタリと動きを止めて固まった。続けて私は言葉を繋げる。  「雑嚢に何かを入れてるな?催涙...じゃないな、多分殺傷力のある何かだな。妥当なのは手榴弾ってとこだがやめとけよ?ここは人が多いからな」  男は何も言わないし動かない。私は最後にダメ押しを繋げた。  「この国の言葉わかってないだろ?」  その言葉で男は後ろに下げた足を元に戻した。そして私に頭を下げた。  「すまない、その写真を譲ってはくれないだろうか」  「ああ、いいよ」  男は目を丸くして私を見た。  
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