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自分との戦い
「はぁ……はぁ……クソッタレ!あと、あと少しなんだ……耐えてくれ俺の身体……」
ある猛暑日に1人の青年がよろよろと、壁に手を当てて今にも倒れそうになりながら目的の場所へと向かっていた。
彼の全身からは、暑さとは関係の無い汗が吹き出ていた。
目は血走り、呼吸は荒い。だが、そんな彼をすれ違う人々はまるで居ないものかのように、無表情で通り過ぎていく。
彼の窮地を救おうとする者は、誰一人として居なかった。
だが仮に手を差し伸べられたとしても、彼がその手を取ることはないだろう。
彼の窮地は他人に救えるようなものでは無いからだ。
痛みに耐えながらも少しづつ、少しづつ歩を進め、彼は公園にたどり着いた。
公園では、自分が苦痛に苛まれている事など関係なく幼子がはしゃぎ、ベンチではその親であろう人達がのんびりと談笑し、またある者は健康の為か音楽を聴きながらジョギングをしていた。
「人の気も知らないでッ!だが、ゴールはすぐ……ふぐっ!はぁ……はぁ……あと少し……どこだ!?どこにある!」
公園に入り、周囲を見回す。
すると、彼のいる所からは少し離れた所に目的の物があった。
「あった……辿り着きさえすれば、俺は救われる……」
よろよろと、目的の場所へと慎重に歩を進める。
そして、あと数メートルと言ったところで彼の目は、反対方向から走ってくる男性を捉えた。
(あ、あいつまさか……いや、間違いない!あの眼は……狙ってやがる。どうする、奴より先に辿り着かなければ俺の未来はないだろう。しかし、俺のスピードと奴のスピード……そして距離を計算しても、俺に勝ち目はない。クソッ!考えろ、思考を放棄するな俺。どうすれば奴より先に……)
彼が一歩一歩、大地を踏みしめるまに、男は彼の倍以上の距離をかける。
次第に彼の額に、新たな汗が滲む。
時間が無い。それは彼も分かっていた。
(賭けるしか……ないのか?俺はあの男に勝てるのだろうか。否!勝つしかない!行くぞッ!)
彼は一瞬、男をキッと睨み両の脚に気合いをこめ勢いよく大地を蹴った。
そのスピードは今までの比ではなく、まるで疾風のように駆けていった。
対する男は、先程と変わらぬペースで走ってくる。
(あいつにだけは、負けられねえッ!頼む!間に合えッ!間に合えぇぇぇぇぇッ!)
ガチャン!
「あっ……」
結果としては、彼の方が先にトイレに辿り着いたのだ。
だがしかし、個室には既に人がいたのだ。
結局彼は、他人に勝利することは出来ても、負けてはならない自分自身に負けてしまったのだ。
そして、個室に入ることの出来なかった彼は、心の中にある天国への扉に手をかけたのだった。
end.
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