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あの日のキスはいったい何だったのか、今一度はっきりと訊きたくとも、それもままならない。単なる出来心か、あるいはからかわれただけなのか。それとも本気の想いなのか――。
夢に出てくるほどに掻き乱されているこちらの身にもなって欲しい。はっきりとした言葉で『好きだ』とか『付き合おう』とか、明確に示してくれたならきっと素直に受け入れられるだろうに――。
だが、よくよく考えてみれば、そんなふうにしてこの男からのアプローチを待っているだけというのも情けないと思う。かといって、自分から彼の腕に飛び込む勇気も持てずにいる。そんな悶々とした思いを振り切るように苦笑した秋夜の頬に、ポツリポツリと雨粒が落ちてきた。
「……っと、やべえ。降ってきやがったな。それじゃ北条、また明日な」
そう言って足早に駆け出そうとした真夏の腕を、とっさに掴んでいた。
「ちょい待ってろ!」
秋夜は言うと急ぎ玄関へと向かい、傘を手に慌てた素振りで真夏へと駆け寄り、それを差し出した。
「これ、持ってけ」
「いいのか?」
受け取りながら、驚いたように真夏が目を丸くしていた。
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