Episode 01

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Episode 01

 トントン、軽快に包丁をまな板の上でステップさせている間に、後ろでハナちゃんが、寝癖直しとブラシを持ってミナミの固い毛質と戦ってくれていた。偶にぐいと引っ張られて、あいた、と声を上げるものの、彼女は構うことなくミナミの寝癖を落ち着かせる作業を続けている。ミナミも、手元が狂って怪我をしてしまわないように気をつけながら、トマト、ハム、レタスを、それぞれ均等に切り分けて端に寄せた。今日は少し寝坊してしまった所為で、あまり凝ったものは作られないと思っていたけれど、ハナちゃんがテキパキとミナミのサポートをしてくれているお陰で、素敵なサンドイッチ弁当が完成させられそうである。ぐぅ、とお腹の鳴る音が聞こえて、ミナミはハナちゃんの口の中にハムを少し放り込んだ。おいひい、と咀嚼をしなから笑う気配がして、ミナミもくすくすと声を零す。  ハナちゃんは、ミナミのただ一人の妹である。そして、唯一の家族でもあった。  妹と言えども、年は同じで、生まれた日も同じ、産声を上げる時間が十分ばかりズレただけの、所謂双子というものである。二卵生で、容姿は似つかず、性格もまるで違う二人であるが、毎日同じセーラー服を来て、同じ坂を下り、同じ中学校へ通う仲の良い姉妹であった。  ハナちゃんはその名前の通りに、大変美しい容姿をしている。さらさらの黒い髪が真っ直ぐ伸びて、肩のところで切り揃えられている。丸くて大きな瞳は世界をまるごと吸い込んでしまいそうなほどに澄んでいる。肌はすっと白くて頬のところは血色が良く、ツンと高い鼻で気取っているように見えるけれど、誰よりも良く笑う彼女からは、十四歳という年相応の幼さが滲み出ていて、とても愛らしいのである。  対するミナミは、癖毛で、体格もぽてぽてとしており、目鼻立ちもパッとしない。太っているわけではないが、ハナちゃんのように美しい出で立ちにはどうしてもならず、及び腰だ。同じ腹から生まれて、どうしてこうも遺伝子に違いが有るのか、周囲の大人は不思議がったものだが、しかし当人達は気にしたことはなかった。ミナミも、ハナちゃんも、いつも互いのことに一杯一杯で、多忙であったから、他の意見を聞く余裕なんてものは、昔も今もあまり無いのである。  ミナミとハナちゃんは、性格もまた正反対であった。ミナミがいつもまったりとしていることに比べて、ハナちゃんはせかせかと世界を歩いている。ハナちゃんが蝶を追って急いでいるとき、ミナミは道端の芋虫を棒に絡めて遊んでいる。好きなものも、得意なものも違う。勉強や運動は、ミナミはどうしても苦手だけれど、ハナちゃんは授業でよく手を挙げ、運動会でゴールテープを切ることの多い生徒であった。反対に、ハナちゃんは料理や裁縫というものがあまり好きではないけれど、ミナミは家に帰ると真っ先にキッチンに立ち、食材を少し摘んだりしながら、自由に夕食作りを楽しんでいる。鼻歌を漏らしながら、針と糸に向かうこともある。  もうすぐ期末テストが近いから、最近はミナミが用意した夜食を頬張りなから、二人で勉強会をしている。ミナミは頭は良くないけれど、ハナちゃんの教え方が上手なお陰で、成績はそれほど悪くはないのである。  おそらく、どちらかかが父親に似て、どちらかが母親に似ているのだろう。そういう話をしたことはあるけれど、しかし、それがあまり続くことはない。何故ならば二人は両親のことを良く知らないから、比べて答えを出そうにも、情報が足りないのである。  父親は、物心が着いた頃になって死んでしまったようだ。家には仏壇があって、その遺影を見ていると落ち着いた心地になるから、きっとミナミは父親似なのだと勝手に思っている。眼鏡の奥の笑い皺が非常にキュートであるから、自分も歳を取ったら、介護をしてくれる人に可愛がられるようなお婆ちゃんになりたい、と願うのだ。  母親は、よくわからない。どこかで生きていることだけは知らされている。毎月、決まった日に、果物や野菜、それと沢山お金が入ったダンボール箱がドンと送られてくるのだ。宛名はいつも、母親の名前である。ハナちゃんは、母のことをあまり良く思っていないようであった。けれど、ミナミは、そのダンボールの中に添えられた丁寧な文字で綴られたメッセージカードから、きっと何か事情があるのだろうと感じている。いつか会いたいと思うし、もし彼女がミナミの思うようなひとであったのなら、ハナちゃんにも会って欲しいな、と、ダンボール箱が届く度に夢想するのだ。  トーストにバターと少しの和辛子を塗り終わった頃、キッチンに立って真っ先に火を付けた油が良い頃合いになっていたので、昨日のうちに仕込んでおいた袋を冷蔵庫から取り出した。バットの上に小麦粉を広げて、鶏肉をその中で何度か転がして、油の中に沈めていく。コポコポと小気味よい音が耳に届いた。 「また唐揚げなの?」  不満というわけではなく、単に疑問といった風に、ハナちゃんが可愛らしい声で尋ねた。確かに、最近は唐揚げを作る頻度が増えたように思う。ミナミの髪のセットに満足したようで、櫛と寝癖直しを元の場所に戻して手を濯いでいる。 「うん」  ミナミは短く答えた。 「秋月さん、唐揚げが好きなんだって」  秋月さんというのは、近所の花屋さんである。いろんな経緯があって、ミナミは二人分のお弁当のついでに、その秋月さんの分と、それからもう一人、お隣さんの分も作っているのだ。 「へえ!」  ハナちゃんが意外そうに声を上げた。  秋月さんはベジタリアンだと思っていた、と付け加えて。 「私もー」  ミナミはのんびりとした口調で同意する。 「肉好きには見えないよね」 「ねー」  人の噂話をしながら、少女達はくすくす笑った。
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