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一
カフェーの丸テーブルが並ぶ。その一つに見慣れた影を見つけて、男は声を掛けた。
「よう、欣二」
枯草色の着物を着た彼は咄嗟に顔を上げ、鉄砲玉を喰らったかのように目を丸くさせる。
「ああ、正太郎……」
そう小さい声が聞こえて、次の瞬間にはうんざりしたような表情に変わった。
「また酒か?」
正太郎と呼ばれた男はテーブル上のビール瓶に目をやりながら話し、黒色の外套を脱いだ。椅子の背凭れに外套を引っ掛け、背広の上着から覗く赤い蝶ネクタイとワイシャツの襟を整えて、顔に掛かったロイド眼鏡を上げた。そうしてようやく目の前の椅子を引く。
「一体俺に何の用だい、正太郎」
欣二は顎に生やした無精髭を一度擦り、虚ろな目を向けて話す。
「今日もまた、武久の見舞いに行ったのか」
正面に座ってそう言葉を返すと、彼は豪快に酒を呷った。そうして少し間を置いてから小刻みに頷いた。
「武久も武久だ。いつまで昔のことを引き摺ってるんだ。いい加減、人前に出て来てもいい頃だろうに」
それまでも決して上機嫌とは言えない表情だったが、その正太郎の言葉に更なる陰りを見せる。
「君が武久だったら、ここに来ようと思うか?」
「さあ、僕は武久じゃないからね。しかし、君たちは親友同然の仲だったじゃないか」
そう言いながら、正太郎は上着のポケットからライターと煙草を取り出して火を点ける。
「随分と洒落たライターじゃないか」
欣二の言葉ににんまりとして、得意げに口を開く。
「そうだろう?何せ、アメリカ製のオイルライターだからね」
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