沼と助手席

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 啓子(けいこ)はいつものように、運転席のうしろのシートに乗り込んだ。 いつも、といっても期間は2週間足らず、回数でいえば10回以上15回未満くらいのものだろう。  運転席に向かって少し身を乗り出して見ると、西澤はカップ入りのアイスクリームを食べていた。 「ごめん、ちょっと待って。これ、食ってから出す」  小さなプラスチックのスプーンを振って言う。  テレビ局の地下駐車場に停められたシルバーのSUVの後部座席。啓子はゆっくりとシートに背を預ける。そうしてやっと、もう慣れたと思っていたのに背筋がこわばっていたことに気がついた。  ふう、と小さく息をつく。 「やっぱり短かったな、今日」  スプーンをくわえたままで西澤が言う。 「うん、コメントだけだからね。特集コーナーの一部だし。あ、急いで食べなくていいよ。お腹こわしちゃいけない」 「心配ない」  もうこうやってここに座ることも、このような会話を西澤と交わすこともなくなってしまうのだと思うと、心がすうっとしぼんでしまいそうな気持ちになる。そう、今日が最後の1回。しぼんでできた隙間を風が通り抜ける。  発端は、啓子と西澤の勤める研究所が、ある難病に効果的な新薬を開発したことだった。快挙といってよかった。しかも、ちょうど有名俳優がその病気で映画の降板を余儀なくされた直後だったこともあり、タイミングが違えばワイドショーなどで取り上げられるはずもなかっただろうニュースが軒並みトップ扱いされることになってしまった。  そして、専門外の人たちには難解な、薬が作用する仕組みや治験の期間などについて解説できる職員をゲストとして呼びたいと、テレビ局が研究所に申し入れてきたのだ。
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