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結
鈍く重い音が後ろから聞こえ、慌てて振り返ると、
エルキュールがゆっくりと倒れていくのが見て取れた。
身体で押し潰した草花が、赤く染まってゆく。
テオドールは声にならない声をあげながらサミュエルを見ると、その手には拳の数倍もある岩が握られていた。
エルキュールの血が付いたそれを持ったままサミュエルが近づいてくる。余りの恐怖に足が動かず、目を閉じてしまった。
「よく聞け、エルキュールはお前を殺そうとしていた。あいつは、戦争に心を蝕まれた醜い獣だ」
「そ、それってどういうこと?」
突拍子も無いサミュエルの言動に、まだ震える身体に精一杯力を入れて尋ねた。
「あいつは、お前の弱さを恐れていた。弱い人間はいつパニックになり判断を誤るかわからない。それに巻き込まれるくらいなら、そうなる前に殺してしまえと思っていたのだろう」
「確かにボクは弱いよ。今日だって悪夢を見てしまった。だからって、自暴自棄になったり判断がつかなくなるくらい自分を見失なうことはないよ」
「俺もそう思う。それに弱いことは悪いことじゃない。だが強さこそが正義だと思う連中もいる。それが、エルキュールだった」
「殺さないといけなかったのかい?」
テオドールが真っ赤にした眼で、サミュエルを見つめた。
「お前には話してなかったんだが、エルキュールが見た悪夢の中の悪魔が、毎晩あいつに語りかけていたらしい。エルキュールを殺せ、と」
「なっ?・・・・・・」
「お前のことを思えば悪魔を退治して、信じてやるのが人情ってなもんだ。しかし、テオドールは悪魔に呑まれた。なぜなら、それが正しいことだと信じたからだ」
「ボクを殺すことが、正しいこと・・・・・・」
テオドールの感情と思考はぐちゃぐちゃになった。
「理由はまだある。それはエルキュールが戦争をしたがっているってことだ。この国のみならず、我々は何百年もの間、戦火に怯えて暮らしている。飽きもせず殺し合い、束の間の平和を自分達で壊し続けてきた。エルキュールは自らそんな地へと赴こうとしていた。それがなにより許せなかった」
「サミュエル・・・・・・」
「俺は、フランス出身で小さいながらも貴族の出だ。しかし、戦争を機にスペインへ命からがら亡命したんだが、数年前に起きた暴動とロシア帝国との衝突により、束の間の平和は一気に崩れた」
サミュエルが貴族出身と聞いて少し驚いたが、それ故に安心することができた。
「その時の戦争って、農夫に戻ったはずのウクライナ・コサックが起こした反乱がきっかけの、あの戦争のことかい?」
「ああ、ロシア帝国に巧く扱われたがね。おかげで私達がいた街は戦火に包まれ、妻と子は、命を落としたよ。エルキュールが、その場にいたかどうかなんてのは分からないし、そんなことはどうでもいい。ただ、また人を殺すための夢を語る姿が、余りにも気色悪くて、不愉快で、本物の悪魔はこいつなんじゃないかと思うほど、恐れを感じた」
震えが止まった身体で、テオドールはサミュエルを強く抱きしめた。
「キミがエルキュールを殺してしまったことへの善悪や是非は考えない。彼を殺したことで、近い将来殺されてしまっていた人達を救ったとも考えない。けれど、キミはボクを救ってくれた。自分勝手な言い分なのは分かっている。でも、ボクにはそれしかかけられる言葉がないし、キミを救える方法がわからない」
精一杯の本音だった。
手を下させてしまったサミュエルに、なんとか救いの手を差し伸べたかった。
「ありがとう。さぁ、村はまでもうすぐだ。村へ着いたら、お互い生きたいように生きよう」
涙を拭いながら言ったその言葉に、テオドールは一瞬、エルキュールの亡霊を見た。
生きたいようには生きていけないよ
そう聴こえた気がした。
言いたいことは分かっている。
なぜ自分ではなく、エルキュールが死ななければならなかったのか。
その理由も踏まえて、テオドールは明日を生きる覚悟を決めた。
終わらない夢だとしても、終わらない悪夢だとしても、抜け出せない洞窟だとしても。
「さぁ、行こう」
エルキュールの墓を作ると、二人は村へと歩き始める。希望への道か、絶望への道か。
それは、誰にもわからない。
完
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